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遠藤周作の『深い河』でキリスト教に違和感を持つ神学生・大津は若き日の井上神父がモデルとなっています。そして遠藤周作は井上神父を生涯の戦友と語っていたそうです。 二人の出会いは、昭和25年に横浜港からフランスに向かったマルセイエーズ号の四等船室でした。 ![]() <I君は帝大の哲学科を今年出て、日本にカルメル会を設立することを自分の一生の使命として、遠くフランスのカルメルで修行する決心をしたのです。もう一生家族にも会えない。全ての地上のものを捨て、孤絶した神秘体の中に身を投じる君をぼくは真実、怖ろしく思いました。彼の体は強くない。寂しがりやで気の弱い彼が、ぼくはなんだか自分の弟のように思えたのです。> 船艙で共にした長く苦しい生活が友情を育んだのだと思われます。エッセイ『神父たち』でも井上神父が登場し、船旅の様子が述べられていました。 <暑さとその埃とで私たちが何の気力もなくなっている時、この顔色の悪い男はロザリオをくりながら何かを祈っていた。そのくせ、彼には神学生や司祭職希望者にありがちな独善的な臭さが少しもなく、我々とどんな話もしたし。我々と同じように酒が好きだった。> 神父のお酒好きについては、エッセイ『日本とイエスの顔』に逸話が書かれていました。帰国後、遠藤周作と三浦朱門が日野市の小さな教会を訪ねると、四畳半の井上神父の部屋には「大関」の瓶がゴロゴロしており、それを見て怒った三浦朱門がもう寄付はしないぞと言うと、「俺は生涯独身なんだから酒ぐらいは飲ませろ」と答えたそうです。 ![]() 何と人間的な神父様でしょう。 マルセイユに上陸後、わずか半日、昼食を共にして井上神父は遠藤周作らと別れ、カルメル会の修道院に向かい、その後手紙も来なくなります。そして遠藤周作は留学して一年目の夏休み、ボルドオを訪ねたついでにと、山のなかの修院を訪ねました。 ![]()
![]() 船で会った時よりもずっと痩せこけ、裸足で鍬を動かす井上神父と会いますが、わずか一分の会話。もう会えないのかという遠藤に、「もう許しは出る筈はないけど、午前一時にチャペルに来てくれれば、ぼくが見えるかもしれない」と言われ、修道士たちが祈る姿を見に、真夜中にもう一度聖堂に行ったのです。 そして帰国後も二人は戦友と呼び合い、交流が続いたのです。 それは日本人の司祭として信仰を日本人の肉体に養おうとして嚙み砕き、遠藤周作の『沈黙』などの作品の裏付けとなる神学的理論を打ち立てた井上神父への共感があったからでしょう。
![]()
by seitar0
| 2021-11-26 11:34
| 遠藤周作
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