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遠藤周作は昭和25年、27歳の時、戦後初のフランスへの留学生として、三雲夏生、昂兄弟とともにフランス船マルセイエーズ号で横浜港を出港しました。留学中の昭和26年にはその紀行文をヘルツォーク神父が編集長を務める「カトリック・ダイジェスト」誌に『赤ゲットの佛蘭西旅行』と題して11月から連載を開始しました。 ![]() 入国許可証も出国日当日にようやく間に合い、意気揚々とフランス豪華船、マルセイエーズ号で出発することになります。 ![]()
そして同じキャビンにフランスのカルメル会修道院で修行を目指す井上洋治が加わります。 <さて、一同四人、荷物を赤帽に運ばして、船室を探したが、見当たらない。切符を事務長に示すと、せせら笑って向うだという。向うってどこだと聞きかえすと、船の一番ハシッコだと答える。> ![]()
ここから一か月に及ぶ船艙での船旅が続きます。途中の港で乗り込んで来た人たちや、上陸した国々の人たちとの交流のユーモア溢れる記述の中にも弱者への優しい眼が向けられています。 <飢え、悲惨、苦悩は日本だけではなかった。ぼくが初めて訪れた国、ぼくが共に一か月暮らした船艙の諸民族にも、それは日本人よりはもっと悲しくもっと苦しく漂っていました。> 「カトリックダイジェスト」誌の連載であることを考慮した記述かもしれませんが、真摯な感想です。 <現代の青年の一人として、この時代のかなしみや苦悩を他の人と共に背負わねばならぬ。さらにぼくがカトリック信者である以上、その不合理、不正は勇気をもってたださねばならぬ。しかし、どうしたらいいのか、どこから手をつけるべきか、ぼくにはまだわからなかった。そういう意味で、ぼくは真の赤ゲットでした。未知の国や異民族を初めて見るたびごとに、ぼくは彼らの善さ、美しさが初めてわかりました。彼らが悲しみ、苦しんでいる事実を知りませんでした。> 今は殆ど使われなくなりましたが、ゲットはブランケットの略で、「赤ゲット」の意味は「田舎から都会見物に来た人。お上りさん。明治初期、東京見物の旅行者が赤い毛布を羽織っていたところからいった。慣れない洋行者にもいう。」とのこと。 ![]() これで表題の意味がわかりました。 因みに、遠藤周作はフランス政府給費留学生制度の戦後第一回に選ばれたグループではなく、イエズス会アレクシオ・ウッサン神父により計画された留学生でした。 昭和25年6月4日午後10時に横浜港から同じラ・マルセイエーズ号に乗船しフランスに向かった給費留学生は一等あるいは二等船室で豪華客船の旅を楽しんだのでしょうが、それについては紀行記でまったく触れられていません。 また昭和26年のフランス政府給費留学生であった黛敏郎は一等船室だったそうです。
by seitar0
| 2021-11-23 12:28
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