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遠藤周作は大連時代にクロという満州犬を飼っていて、『私の履歴書』などのエッセイにしばしば登場します。 ![]() 『狐狸庵動物記』に収められた「別離」では、両親が不和になり家庭が暗かった頃、クロだけが慰めてくれる友だちだったと述べています。学校の帰り道でのことです。 <「家に帰りたくないんだよ」と私はそのクロだけに自分の切なさをうちあけた。「どうしてこうなったんだろうなア」と、クロは私をじっと濡れた眼で見て、「仕方ないですよ。人生って、そんなもんですよ」と答えた。読者は笑われるかもしれぬが、あの時、クロは確かにそう言ってくれたのである。ほかに話相手のない子供にとって、その犬だけが悲しみのうち明け相手、慰めてくれる友だった。> 加藤宗哉氏はあとがきで、「この光景はおそらく遠藤文学の重要な原点の一つだろう」と述べています。 その貴重なクロの写真がNHK「こころの時代~宗教・人生~遠藤周作没後25年、遺作『深い河』をたどる」の中で紹介されていました。 ![]() 両親の別居が決まり、母親の遠藤郁が正介、周作兄弟を連れて日本に帰ることになります。周作はクロを連れてゆきたいと泣いて頼んだそうですが、離婚して内地へ帰ってからの生活のめども立たない母にとってクロまで連れて帰る余裕はありませんでした。 ![]() (TVでは母と周作以外の説明はありません。) <別れの日、大連の埠頭に行くため私たちが馬車(マーチョ)に乗った時、クロはうしろをふりかえる私をどこまでも追いかけてきた。クロにはなぜ私が彼を見捨てて去っていくのか、よくわかっていないようだった。馬車が路をまがっても執拗にうしろを駆けつづけ、やがて諦めて立ちどまった。」その時の彼のあわれな、寂しそうな眼を年をとっても私はまだ忘れることができぬ。クロも「ただ一人の友」だった私に見捨てられるとは思わなかったのだろう。> その時の様子を妻の順子さんは、この本の解説で次のように述べています。 <そのとき馬車を追っ掛けるのを諦めて立ち止まり、どうしてそんなひどいことができるのだ?と悲しそうに自分を見つめていたクロの顔を忘れられないと、私が嫁にきてからすぐの頃、苦しげに話してくれたことがありました。「自分の弱さと生活上の理由のために、俺のことを一番信頼してくれていたクロを裏切ってしまった」という悲しさは生涯主人につきまとっていたようです。> 遠藤周作は、このエッセイの最後でイエスの眼差しと重ねます。 <聖書を読み、自分を棄てたペテロを「ふりむいて眺めた」イエスを思う時、私はなぜか、あの時のクロの寂しそうな眼を思いだした。それは少年の頃、私の味わった最初の別離だが、老いた今ではそういうことが人生の大事な思い出になる。>
![]()
by seitar0
| 2021-11-14 12:44
| 遠藤周作
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