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村上春樹『海辺のカフカ』は、ギリシア悲劇のエディプス王の物語や、『源氏物語』、『雨月物語』などの日本の古典小説が底流にある不思議な物語です。 父子家庭に育った少年・田村カフカは、十五歳の誕生日に家出し、夜行バスで高松に向かいます。これと同時に、もう一人の主人公・初老の知的障害者ナカタさんの物語も進行します。 戦時中、疎開先で意識を失って以来、猫と話ができるようになったナカタさんですが、その戦時中に発生した集団意識喪失事件が、第2章で、アメリカ国防省によって「極秘資料」として分類され、情報公開法により1986年に一般公開された資料として紹介されます。 アメリカ陸軍情報部(MIS)報告書 タイトルは「RICE BOWL HILL INCIDENT,1944:REPORT」 このRICE BOWL HILL(お椀山)は、読み進めると、どうしても明治時代にはBISMARCK HILLと呼ばれ、村上春樹が香櫨園小学校時代、遠足登山した甲山を思い出させるのです。 ![]()
<-その日にあなたが学級の子どもを引率していった場所について、できるだけくわしく話してください。 それは私たちがよく遠足にでかける山でした。お椀を伏せたような丸い形をしておりまして、私たちはそれを普通「お椀山」(OWAN-YAMA. “Rice Bowl Hill”)と呼んでいました。それほど険しい山ではありませんし、誰でも簡単に登れます。学校から少し西に向けて歩いたところにあります。頂上までたどりつくのに、子どもの足でだいたい2時間ほどかかります。途中の森でキノコを探し、そこで簡単にお弁当を食べることになっていました。> ![]() 私たちの子供の頃の甲山登山はこの大師道を上がって行きました。 ![]() 途中の「簞瓢(たんひょう)橋」。この橋はかつてあった高級料亭はり半が架け替えた橋で、播半の商標がひょうたんを逆にした「簞瓢」であったことから名づけられたそうです。 ![]() はり半は既に無くなり、巨大マンションになっていますが、わずかに、その門と赤蔵が記念碑のように残されています。 ![]() 神呪寺から、ジグザグ登山道を登って山頂を目指します。 ![]() 山頂直前で二又に分かれた階段。登り切れば甲山山頂です。 ![]() 現在は昔のような山頂の見晴らしは樹木で遮られていますが、平和の塔と三角点がある広場だけは昔のままです。 この広場を思わせるような場所が、『海辺のカフカ』にも登場します。 <私たちは途中で登山道を離れ、森の中の斜面についた踏み分け道に入りました。けっこう広い部分が、まるでテーブルのようにきれいに平らになっています。いったん森の中に足を踏み入れますと、しんとして、太陽の光はさえぎられ、空気は冷ややかになりますが、そこだけは頭上も明るくひらけて、小さな広場みたいになっていました。私たちの学級は「お椀山」に登ると、よくその場所を訪れました。そこにいるとなぜか穏やかで親密な気持ちになれたからです。> ![]() 山頂の広場の航空写真です。 昔はこのように山頂付近でお弁当を広げて景色を楽しむことができました。 ![]() 『海辺のカフカ』では、広場は山の中腹にあるような設定になっており、この広場で16人の子どもたちが次々と気を失い、倒れていくのです。その様子はまるで幽体離脱したかのようでした。
by seitar0
| 2021-08-24 15:55
| 村上春樹
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