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小松左京が少年時代を過ごした夙川時代の思い出を『威風堂々うかれ昭和史』から続けます。 小松左京が若松町に住んでいた頃は、各種エンターテインメントの華々しい時代。ハイキングへ行って飯盒炊爨をやったり海水浴へ行ったり、そして阪神パーク、宝塚ファミリーランドの思い出を語ります。 <どうやら中等野球好きの親父が、おふくろと小生をつれて行き、親父が球場で決勝戦を見ている間、阪神パークの象にバナナをやったり、サルにキャラメルとられたり、「子ども電車」に乗ったりしていた。> ![]() ほかに正式競技用のプールもあったと思うし、阪神パークのなかに子ども用のポチャポチャプールもあったが、南へ出れば、西の香櫨園とならぶ甲子園の海水浴場もあった。夏は花火大会をやったし、まだやってるんじゃないかな……。> 小松左京が通ったのは戦前のお話。 甲子園球場が完成したのは大正13年甲子の歳。後に阪神電鉄専務となった三崎省三が明治43年の欧米視察で構想した、 < 武庫川を改修して、鳴尾に築港をなし、即ち武庫川をハドソン河、またはテームズ河にするのである。しかも、現今の枝川及び武庫川河畔は、住宅地にするのである。更に鳴尾より西宮の海岸を、遊覧地、即ちブリックプール及びブライトンまたはコニー・アイランドにするのである。>という夢を着々と実現するものでした。 ![]() 『鳴尾村史』に昭和17年ごろの鳴尾村鳥観図が掲載されており、当時の阪神パーク周辺の様子がよくわかります。 ![]()
![]() 現在の跡地の様子を見に行きました。今でも阪神パークの名残りと思われるコンクリート塊がごろごろと残っています。 戦後になって昭和25年、阪神パークは阪神甲子園球場の東隣に再建されましたが、その後「阪神パーク甲子園住宅遊園」となり、平成15年に閉鎖されました。 ![]() <―すると夙川時代は、夏は阪神パークの子どもプールでポチャポチャ。 そう、ああそうだ、「子どもの夢の世界」の水族館もあったっけ。 ―春は、桜花咲く「♪おー宝塚!」 少女歌劇はまだ早いと見せてもらえなかったが、「宝塚ファミリーランド」というのがあって、水辺植物のゆたかな植物園、動物園、遊園地があって、入口までの途中の「桜のトンネル」の下をグリーンの袴を、下の脛がちょっと出て、白足袋が見えるように短くはいたヅカガールのお姉さまが、誇り高く歩いていた。> 宝塚ファミリーラッドも思い出が一杯。 先日、池田の小林一三記念館を訪ねると、昭和7年に開催された阪急創立25周年記念、「宝塚婦人こども博覧会会場全系図」がありました。 ![]() よく見ると、一つ一つ思い出のある建物です。
by seitar0
| 2021-07-22 11:37
| 小松左京
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