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昨年、高台寺に紅葉のライトアップを見に出かけましたが、予想外の人出でした。今回は人出も少なく、昼間にゆっくり高台寺を廻ってみようと訪ねました。 豊臣秀吉の妻、ねねが出家したのち、高台院と号して後半生をひっそりと過ごした寺が、清水寺と円山公園の間にある高台寺です。徳川家康のバックアップもあり、1605年に造営がはじまり、翌年完成していますが、当初の敷地は約九万六千坪。境内には新築された堂宇と、伏見城から移築された建物が軒を連ねていました。 ![]() その広さを推し量ることができるのが、現在の高台寺からぽつんと離れて残されている表門(山門)です。 ![]() 祇園下河原通の道脇にある三間の薬医門。かつて加藤清正が伏見城築城にあたって造進した門を移築したと伝えられ、国の重要文化財に指定されています。 今回高台寺へは丸山公園から、ねねの道を通り、台所坂を登りました。 ![]() 台所坂を上がると左手に、かつては住職の生活の場であった庫裏があります。 ![]() 切妻造で正面妻飾りは装飾豊かで、現在の高台寺の外観を象徴する建物になっています。 庫裏の東には方丈があり、創建当初は伏見城の建物を移築したものでしたが、現在の建物は1912年に再建されたものです。 ![]()
![]() 臥龍池をはさんで、開山堂から霊屋へ続く回廊の屋根は緩やかな曲線を描き、瓦屋根の重なりがあたかも臥せる龍の背中に見えることから臥龍廊と呼ばれています。 ![]() 上の写真が傘亭。 五木寛之『百寺巡礼』では次のように解説しています。 <傘亭というのは通称で、竹を放射状に組んだ屋根が、まるで傘のように見えることに由来する。また、時雨亭のほうは、非常にめずらしい二階建ての茶室だった。「時雨と傘」というように、名前が対になっているところが、とても粋だと思った。> ![]() 上の写真が二階建ての時雨亭。傘亭も時雨亭も重文です。 <ねねは、秀吉が愛用したというこのふたつの茶室を、伏見城からそっくりそのまま移築させている。ときには、ここで茶をたてて飲んだことだろう。そして京都のほうを眺めながら秀吉と過ごした幸せな日々を思い起こしていたのかもしれない。> ![]() <こんな話も伝わっている。大坂夏の陣のとき、ねねはこの時雨亭の二階にあがって大坂のほうを眺めていた。そして、西の彼方の空が赤く染まったのを見て、ついに大阪城が炎上して落城したことを知り、ひそかに涙ぐんでいたという。いかにも伝説らしい話ではあるが、この茶室には、そうした物語が生まれそうな独特の風情がある。> 伝説とはいえ、信じたくなるようなねねの姿。 次に一番大切な、ねねの眠る霊屋へ。 <時雨亭と傘亭のところから石段を少しおりたところに、霊屋というお堂がある。それほど大きな建物ではないが、ここは高台寺にとっては特別な場所だ。ねねはいま、この廟所に眠っているのである。> ![]() <霊屋の内陣の奥には須弥壇が設けられ、中央の厨子は扉が閉まっていた。すがたを拝することはできないが、そのなかに随求菩薩像が安置されているという。そして向かって右側には秀吉の坐像が安置され、左にはねねの坐像があり、その下に棺に納められたねねの遺骸が葬られている。夫婦むつまじく並んでいる二体の像の表情に自然と目が惹きつけられた。> ![]() 五木寛之は坐像のねねの表情について、「じつにやさしげ、もはや現世ではなにも欲望がなく、じっと耐えながら、ひたすら過去の美しい思い出のなかに生きようとするものだ」と述べています。 ![]()
by seitar0
| 2021-06-27 13:20
| 京都
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