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森田たまさんは札幌生まれ、荒々しい自然の中で育ち、東京に来ても、武蔵野の雑木林の緑の印象が強かったそうです。関東大震災に遭い大阪へ疎開、千里山に住みましたが、その後東京に戻り、昭和5年再び、関西に戻り、西宮で4年あまり暮らしました。 当時の印象を『続もめん随筆』の「故郷の味」で述べていました。 ![]() 「お菓子の中にでも」という言葉がよく理解できなかったのですが、その後、次のように書かれています。 <その上どんなちいさな貸家でも、一軒の家は一軒の家らしくきっちりと建っていることまで、バラック育ちの私にはちょっと寄り付きがたい心地を起こさせるのであった。> 「阪神間モダニズム」と呼ばれた、当時の時代背景を考えると、私鉄の阪神、阪急が開通し郊外住宅の建設が盛んに行われた時代。この時に開発された住宅が、森田たまさんにとって「お菓子の中に住んでいる」という印象を与えたのではないでしょうか。 ![]() 昭和12年に阪急電鉄が開始した武庫之荘住宅地の写真を改めてみると、森田たまさんの印象がわかってきました。 関西の「白い土」については、遠藤周作、谷崎潤一郎、須賀敦子ら多くの作家が言及していますが、森田たまさんも東京から来て印象深かったようです。 <踏みしめる地面の土の色の白いという事からしてどうにも合点がなり難く、白砂青松と小学校の読本で習って憧憬れていた舞子の浜へも、行ってみるとおもちゃの国を眺めるようなそらじらしさがあたまへきて、それが自然に成った風景とはどうしても信じられないのであった。> ![]() <浜辺の松に風がわたっても、枝葉の動かぬ事が私には驚きの一つであった。北海道の樹という樹はことごとく風に応えて、その葉をそよがせぬものはない。関西は樹までが薄情だと私は東京の友達に手紙を書いた。何処へ行っても松の樹と石ばかりで無表情におし黙っていると不平を云った。> 3年大阪に暮らし、東京へ戻ったときは、故郷に帰ったように思われ、町の中にも緑があると喜ばれたそうですが、その後4年あまりを阪神に住み馴れた後の印象は違っていました。 <緑の過剰、 -とそんな言葉がふと頭に浮かんで、私は不意に阪神間の白ちゃけた土と、動かぬ石の多い山とを思い出した。> ![]() 当時は六甲山もまだ花崗岩質の山肌があらわだった時代。 「白ちゃけた土と、動かぬ石の多い山」を知る人も今や少なくなりました。 ![]() 上の写真はまだその名残を留める甲山付近での写真。 <青葉の緑も多すぎてかえって憂鬱に感じられ、素っ気ない阪神間の風景がいまではサッパリと明るく心に映るのであった。その土地に住んでいる間じゅう、此処は日本一の住宅地だと土地の人の自慢するのを憎らしいものにきいていたけれど、離れてみればどうもそうであった、と承認せざるを得ないのである。> 「素っ気ない阪神間の風景」ようやく認めていただけたようです。
by seitar0
| 2021-06-20 11:48
| 森田たま
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