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森田たまさんは昭和初期に西宮に住んだ随筆家で、参議院議員として国語問題小委員会委員長も務められました。昭和11年に発表されたデビュー作『もめん随筆』で、随筆家として一躍有名になられた方です。 ![]()
谷崎潤一郎の『阪神見聞録』も同様に、当時の東京と大阪の文化の違いが書かれていますが、その女性版と言ってもいいでしょう。 冒頭は、次のように始まります。 <大阪にいた時分、東京から転任してきた新聞社の人が大阪には美人がいないと云ってこぼしていたのをきいたことがある。阪急電車の神戸線にお乗りになったら、とさしで口をすると、僕はその電車でかよっているのですという返事であった。> 時代は谷崎潤一郎の『細雪』の時代。 ![]() ついでにこちらは甲陽線ですが、甲山と阪急電車。 <それから一年程たって東京から赴任してきた若い会社員がやはりおなじ事を云った。「東京ではいたるところに -つまりバスの中でも省線電車でも街を歩いても必ずひとりは美人がいますがね。そして一周間に一度ぐらいはあっと思って一ト眼で惚れこんでしまうような美人に会いますが、大阪へきてみるとさっぱりそんな人がいませんね。憂鬱ですよ」 街を歩いている美人は彼女自身でも気づかぬあいだに自然に街の花となっているわけで、結婚の未来をもつ若いサラリイマンたちにとっては、毎朝の一杯の紅茶か珈琲とともに、なくてはならぬ存在であるらしい。> ミスコンも問題視されている現代では、とても口にできない話題ですが、当時の森田たまさんは当然のように応えられています。 <この人も阪急の神戸線で大阪へかよっているので、そんなに美人に会わないのは時間が悪いからに相違ない、おひるまえの十一時頃から一時頃までの間に乗ってごらんなさいと私はすすめたが、さて自分が東京へきてみると、時も所も超越してまったくいつ何処へ行ってもかならずひとりやふたり美人を見かけぬ事はないので、東京の美人というもはいつでも街ばかり歩いているのかと変な錯覚を起こした程であった。> この美人考、その後もあれこれ書かれているのですが、森田たまさんは化粧の差だったと推し量ったようです。 <つとめ人の町といえばそのとおりで、職業婦人の数の多い事も大阪の比ではない。したがって他人に見られるための化粧がうまくなるのも道理であろう。大阪の女はなんといってもまだまだ家の中で旦那さんひとりを対象に生きていると云っても過言ではない。> 東京と大阪の近代化にも差があったようで、大阪では家長と夫人の食べ物にまで差があったという封建制は、今の若者にとっては想像すらできないでしょう。 <たべものにまで差別をつけられてそれでよく我慢ができると思うのは私達の狭い考えで、細君は細君なりにそのへんの事はよく心得てふだんはつましい食事で辛抱し、たまたま買物に出た時など下はデパートの食堂から上は「いせや」や「つるや」あたりまで女同志誘い合わせて食べに行くのが楽しみのひとつとなったいる。> このあたり、普段の食事は平等になりましたが、昼間の女性同士誘い合わせての華やかなランチは現代も続いています。 <東京なれば夫婦が肩をそろえて行くところであろうが、大阪では男は男同志女は女同志、はっきりと線がひかれていて、亭主を大切にする事はよそのみる目もうつくしい……とはいうようなものの多少は舌たるい感じがせぬでもない。東京生まれの気の勝った細君に閉口して別れた後、今度もらう時は気のやわらかな関西の女をもらいたいと云った人があったが、さて実際にもらってみたらどうであろうか。> 「もらう」という言葉も今や禁句、男にもそのような甲斐性はなくなったように思いますが、80年近く前の随筆の世相には隔世の感があります。 ![]() 因みに阪急神戸線は昨年開通100周年を迎えています。
by seitar0
| 2021-06-13 15:25
| 森田たま
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