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浅田次郎の知恩院のエッセイも面白かったのですが、五木寛之の『古寺巡礼』でも詳しく解説されています。 ![]() <大きいということでいえば、この知恩院の近くにある南禅寺の三門も相当なものだった。しかし、知恩院の三門は南禅寺を上回る大きさで、現存する木造の三門としては、後退する東福寺の三門とならんで日本最大だという。> ![]() 知恩院の場合、山門ではなく三門で、「三」というのは、空・夢相・無作の三つの解脱の境地を表し、三解脱門を意味しているそうです。 <知恩院は浄土宗の総本山だが、この三門の威容は、法然ゆかりの寺というイメージとは、少しちがっているような気もする。三門だけではない。東山三十六峰の華頂山のふもとにあるこの寺は、七万三千坪という広大な寺域をもち、そこには百以上の堂宇が軒をならべている。その堂々たる大伽藍からは威圧感さえ感じられる。それは、知恩院が江戸時代に徳川家康の手で整備され、徳川将軍家の菩提寺として栄えてきたという歴史をもつからだろう。> 木造の楼門では日本最大、江戸幕府2代将軍・徳川秀忠の寄進です。 ![]() 男坂から見た三門です。浅田次郎は「徳川幕府の公式要塞」でもあると述べているように、一種城郭の感もあります。 <つまり、知恩院は、いわばふたつの顔をもっているといえるだろう。ひとつは法然ゆかりの念仏の寺という顔であり、もうひとつは将軍家の権威と天皇家の格式の両方を兼ね備えた寺の顔である。> こちらが三門から境内へと導く男坂。 ![]() こちらが南側の女坂です。 男坂はラスト・サムライのロケ地にもなったそうです。 ![]() <それこそ、かつては法然が歩いたかもしれないこの近辺を、ハリウッドの大スターであるトム・クルーズが歩いたことになる。さらに、そのトム・クルーズが歩いたあとを、私もこうして歩いているわけだ。これも、なにかおもしろい因縁のように思えてきた。> ![]() 私もトム・クルーズ、五木寛之、上田秋成、浅田次郎が歩いた石段を歩かせていただきました。 <こうして眺めていると、京都のかなめである御所や二条城と対峙するかたちで、この知恩院が位置していることがわかって、非常に興味深い。徳川家の菩提寺だということは、たんにひとつの寺ということだけにとどまらない。おそらく、政治的な布石という意味もあるのだろう。> 三門の楼上からは京都市街を一望でき、幕府にとっては有事の際は重要な戦略拠点になると考えていたのでしょう。三門の上から旗を振って、それを二条城のやぐらから見て京都御所を監視した、という話も伝わっています。 次回は本堂に向かいます。
by seitar0
| 2021-06-09 10:53
| 京都
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