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明治38年に阪神電気鉄道が開業しましたが、鳴尾駅と今津駅の間の阪神甲子園駅はまだできていませんでした。 ![]()
甲子園野球場建設工事の地鎮祭は大正13年3月10日、翌11日に起工式が挙げられます。建設工事の様子が舞坂悦治『甲子の歳』に描かれていました。 <「あれは何しょるんやろ」「ほんまやな。あんなとこ狐か狸の住み家やったのに」阪神電鉄の下り電車が鳴尾停留所を出ると間もなく、乗客間にこんな会話が、よく聞かれるようになった。今までなら。枝川鉄橋から見る枝川堤の松林は、鬱蒼として昼なお暗く、ただ一人の散策には薄気味悪いほどに繁茂し、いかにも狐狸の里をしのばせるにふさわしかった。その松林に、この時、東洋一のスポーツセンター建設の斧せつが、加えられつつあったのである。> ![]() 写真は明治後期、枝川橋梁を走る阪神電車。 この鬱蒼とした枝川堤の松林は西畑の佐藤洽六邸の日差しを遮り、妻シナの不満の種になっていました。 ![]() 上の写真は現在わずかに残る枝川堤の松です。 ![]() 牛でローラーを引っ張ってグラウンドを仕上げている写真もありました。 そしてわずか5カ月足らずで甲子園野球場が完成したのです。 同時に阪神甲子園駅も臨時駅として開業します。 8月1日午前7時、甲子園大運動場びらきと銘打って開場式が始められます。神事の後、阪神電鉄専務の三崎省三が挨拶し、8時半から祝賀体育大会が開催されます。 <午前八時半、大阪、神戸ならびに沿道百五十余の小学校児童二千五百名による祝賀体育大会が催された。晴れわたった大空には、新聞社の飛行機の爆音がとどろき、スタンドは一万人を超す各学校の父兄や、応援団の歓声にどよめき、大運動場はまさに大きな歓喜のるつぼと化してしまった。可愛らしい男女児童が、紅白の鉢巻もりりしく、あるいはリレーに、あるいはマスゲームに、持てる力と技のすべてを出し尽くそうとしている真剣な姿を見て、省三は目頭が熱くなるのを感じた。> 昨年は中止されましたが、毎年甲子園球場で開催される西宮市小学校連合体育大会を思い出します。西宮流(にしのみやスタイル)に、西宮市立小学校連連合体育大会の紹介記事がありました。第1回は1957年(昭和32)で、新学制実施10周年記念という節目に始まったそうです。 https://nishinomiya-style.jp/blog/2017/11/08/16770 ![]() 写真は「西宮流」より。 大正13年に戻ります。開場後8月13日には第十回全国中等学校野球大会が、会場を鳴尾から甲子園に移して開催されます。やはりこの大会の開催日に間に合わせることが短期間の工期で仕上げた理由だったのでしょう。 ![]() 写真は第10回全国中等学校野球大会入場行進。 選手入場行進では、先頭を前年度優勝校の甲陽中学の志波主将が、ただ一人優勝旗を持って行進したそうです。開会式初日は観覧席に空席が目立ったそうですが、第三日には地元神港商業と東京の早稲田実業の試合があり、観客も増えてきます。 『甲子の歳』の最後の場面は、この日招待されて野球場にやって来た阪急電鉄社長小林一三、毎日新聞高田元三郎編集局主幹と阪神電鉄三崎省三専務との職業野球チーム結成を含めた野球談議で終わります。
by seitar0
| 2021-04-29 12:00
| 甲子園
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