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森繁久彌は『もう一度逢いたい』で、大正6年に鳴尾の西畑に移ってからのことについて述べています。 <西畑の家では大阪の母、祖母、祖父(血の繋がりはないが、森繁平三郎という鉄道技師で、私は小学校四年頃、菅沼姓を離れて森繁姓を継ぎ、森繁久彌となる)と一緒に暮らすことになった。> ![]() 昭和11年の吉田初三郎の鳥観図と見比べると、黄色の矢印のところに描かれている家が菅沼(森繁)邸であることがわかります。 <西畑は一種の文化村で、文士や大阪、神戸の裁判官ら文化人が多数住んでいた。文士といえば、佐藤愛子さんの父上、佐藤紅緑さんも、三階建ての大きな家に新妻の三笠まり子という宝塚のスターと住んでおられた。紅緑さんのお子さんで(愛子さんはまだ生まれていなかった)、佐藤八郎の一番下の弟、彌(わたる)とは大の仲良しだった。というのは彼は喧嘩が強く、私を庇ってくれるので、二人は些か悪いことをした。> ![]() 佐藤愛子さんの母、三笠万里子は女優でしたが宝塚のスターは記憶違いでしょう。 ところで佐藤紅緑が鳴尾文化村に引っ越して来たのは、大正13年に新設の東亜キネマ所長になってのことですから、彌が森繁久彌と仲良しだった小学校時代は、佐藤密蔵の家(一番上の図の黄線で囲んだ家)で暮らしていた時のことでした。 佐藤密蔵は紅緑の二つ上の兄で、大阪毎日新聞経済部長をしていました。 やはり鳴尾文化村には相応の人達が暮らしていたようです。 現在どのようになっているか訪ねてみました。 ![]() 一人一人が個性豊かで、自由気ままに生きた佐藤家の人たち、その複雑な家庭の事情が菊池寛賞受賞作の佐藤愛子『血脈』に詳しく述べられていました。そこには彌が鳴尾の密蔵家に一人引き取られた理由や、彌と森繁久彌の交遊がどんなものであったか書かれていました。 次回は佐藤愛子『血脈』から紹介させていただきます。
by seitar0
| 2021-04-17 14:46
| 甲子園
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