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文化学院の三回生であった金窪キミさんは与謝野晶子について次のように述べています。 <日本橋魚河岸育ちで下町の小学校を出たばかりの私、「明星」も「みだれ髪」も知ったことではない子供にとって、文化学院の先生らしくない先生の中でも意表をつく方は与謝野晶子先生であった。> ![]() <和服をあれほど自由に纏っている方は見たことがない。髪のまとめ方のユニークさ、洋服を着てこられる時のスタイル、感嘆して見つめるだけであった。 そして肌の美しさ。黒板に字を書かれる時、肩まで滑る袖に顕れてしまう腕の乳白色の輝き、ただ白いと言うのではない艶やかな、滑らかな裸身を、子供の私でも一瞬思ってしまう程の肌の美しさであった。> ![]() 写真で見るよりはるかに肌の白い美しい人だったらしく、当時としては珍しい洋装のセンスも素晴らしかったそうです。 NHKの朝の連ドラ「花子とアン」でも、東洋英和女学院を舞台とし、仲間由紀恵演じる柳原白蓮が与謝野晶子の歌を詠むシーンが出てきますが、もし与謝野晶子のドラマを作るとしたら仲間由紀恵がピッタリです。
心斎橋の卸商小林政治商店の三女で、与謝野家の長男光と結婚した与謝野迪子も、随筆『想い出 わが青春の与謝野晶子』で次のように絶賛しています。 ![]()
そして与謝野寛、晶子が大正6年に苦楽園に約2週間滞在した時の様子も詳しく記されていました。 ![]()
![]() その山田耕作も文化学院創立時に「音楽および体育」を担当していました。金窪キミさんは「山田耕作先生」として次のように述べられています。 <今でも思い描いてはっきりと思い出すのは、山田耕作先生と満佐子夫人が上級生を集めてモダンダンスの振り付けをされていたこと。ギリシャ悲劇のコスチュームのようなトリコ姿が舞い踊る光景を見学させられて肝を潰し、いずれあおのような姿で踊り舞う授業が行われるのかと暗澹としたが、それは地震が解決してくれた。>
![]()
by seitar0
| 2021-04-09 10:54
| 西村伊作
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