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甲山がトロイデ型火山であったと信じられていた頃、稲垣足穂は『水晶物語』で甲山について述べています。大正時代、足穂が関西学院に通っていた頃のお話です。 足穂は友達が学校に持ってきた水晶の小さなかけらを貰い、その生成した太古を考え、その日以来、一般鉱物への愛着が急にわき上がり、鉱物標本採集を熱心に始めます。 <けれども近頃は、松の生えていな山であったら、なにか鉱石を匿しているのではないか、と私をして思わせていました。いったい山自身が一つの巨きな鉱物ですが、しかしそれを云うのではなく、標本向きの鉱物がそこに見付かりはしないかと、私は云うのです。> 「山自身が一つの巨きな鉱物」とは、鉱物標本採集者にとっては垂涎の的。その山の一つが以前はハゲ山だった甲山だったのです。 ![]()
「おそらくマンモス族がのそのそしていた頃に盛んに噴煙を上げていたであろうこの山容が髣髴とするのでした」とは何とロマン溢れる文でしょう(のそのそしていたのはマンモス族ではなくナウマンゾウだったかもしれませんが)。足穂の文章にはいつもこのような宝石が散りばめられ、感動します。 甲山は昭和40年頃まではトロイデ型火山と思われており、小学校でもそのように習いましたが、地質研究が進み、トロイデ型火山ではなかったことが判明します。 ![]() 1200万年ほど前、六甲山系の花崗岩を貫いて甲山火山が誕生しました。噴き出した溶岩は安山岩であり、トロイデ型になる流紋岩質ほど粘り気がなく、かなり遠くまで溶岩は広がったと考えられています。その火山活動も1000万年ほど前には治まり、次に風化や浸食が始まり、500万年以上の長きにわたり、削り取られた結果、火口付近の火道のあたりだけが残り、現在の形になったそうです。 甲山の南側では甲山安山岩層と六甲山の花崗岩とが接触する部分が露出しているそうで、足穂が「その山肌にごろごろ転がっている灰黒色の石片が「安山岩」であることを、私は知っていました」と言っていたのも、間違いではありません。 ![]() ニテコ池から見る甲山。現在は樹木に覆われましたが、トロイデ型火山と信じていた禿山だった甲山が懐かしい。
by seitar0
| 2021-03-30 12:07
| 稲垣足穂
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