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ある日、稲垣足穂は旧友の前田を介して、「こんど那須が飛行画報を出すが、巻頭論文を君にお願いしたいと云っている」と頼まれ、二人の交遊が始まります。足穂は日本民間飛行奨励のカンパを目的とした飛行画報の販売にも協力しますが、しばらくして「いよいよ鳴尾から羽根が到着したので、何日何時どこへ出頭してくれ」と大至急と書いた葉書が那須桃から届きます。 <その日の午後二時過ぎ、私は指定の場所に出向いた。トアロードの坂の中途、英国教会の横を西へ入って、少し行って左折すると長谷川建築事務所が見付かった。この裏手の空地に、今やってきた小路にそうて奇妙な三階建てがあった。三方が高い煉瓦の壁で南側だけが開け放しになり、二階と三階の床が棚のように置かれ、左側の急な梯子で連絡されていた。> ![]() 上の写真は戦前のトアロード。 トアロードの坂の中途の英国教会とは、中山手6丁目に、1894年に造られ、1945年の神戸大空襲で焼失した聖公教会のことで「オール・セント・チャーチ」とも呼ばれていました。 ![]() 1939年頃の中山岩太の写真です。 那須はその近くに作業場を持ち、三階には牽引式複葉飛行機の分解した主翼が運びこまれていました。そこで、那須をリーダーとして稲垣足穂らが本物の飛行機造りに取り組み始めたのです。 <この頃、白洲次郎の自動車に乗せて貰ったことがあった。先方は県立一中のカーキ色の制服をきちんと身につけ、軍靴の上にゲートルを巻き締めた、落着いた少年であった。なんでも午後遅く前ぶれもなく彼の運転するオープンカーが表に停まったので、那須と私はそれに同乗して夕方のトアロードを下り、楠公神社東門の傍の材木屋まで出向いたのだった。私は車上で待っていて、那須が下りて、予て注文してあったボディー用の檜の角材四本を受取り、こうして尾長鳥になった自動車で再び中山手通二丁目まで送り届けられたのである。白洲君の上には彼が一中卒業後にフランスの飛行学校へ行くのだとの噂があって、私は、自分などの到底及びもつかぬ話だと淋しい気持ちに襲われていた。> ![]() 説明によると、展示されていた車は、大正5年に購入されたものではなく、2008年~2009年に放映されたNHKドラマスペシャル「白洲次郎」のため、英国の名門クラブ“ヴィンテージ・スポーツ・クラブ”の協力を得て輸入したもので、車輪などのごく一部を除き、白洲次郎が愛用していたペイジとほぼ同仕様の車だそうです。 ![]()
by seitar0
| 2021-03-28 15:12
| 稲垣足穂
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