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ライト兄弟が世界初の有人動力飛行に成功したのは明治36(1903)年のことでしたが、その8年後、明治44年に鳴尾競馬場で、アメリカのボールドウィン飛行興行団がマニラから帰りに立ち寄り、マースという飛行家が、カーティス式複葉を操って飛びました。 ![]() (写真は鳴尾競馬場でのマースの愛機スカイラーク号) 近畿地方の人たちは、この時、初めて飛行機が飛ぶのを見たのです。 ![]() 明治41年に馬券の発行が禁止された競馬場では、飛行大会が最も集客力のあるショーだったようです。大正3年には鳴尾競馬場で日本人飛行士による第一回民間飛行大会が開催され、大正4年も引き続き、第二回民間飛行大会が開催されています。 ![]() その見物に行った稲垣足穂は『飛行機物語』で次のように、述べています。 <私たちの都会から郊外電車で四十分ばかしの所にある海ぞいの競馬場では、もうそろそろ此国の民間飛行家たちによる飛行試験が行われて居りました。五月の朝、水筒を肩にして馬場の柵にまたがった私は、双眼鏡のピントを向うに合わせるのでした。青い松並木の屏風をバックにして、露にぬれた真白いクローバーの上にひき出されてくる軽やかな機体が、土地の凸凹につれて動揺したり、その周囲を技師や新聞記者連が取りかこんだり、やがてパッと一むらの紫煙が舞い上がって、始動を与えられたエンジンの凛然としたひびきが次第に煮つまってくると、まっしぐらに此方へ滑走して来たのがいつしか地面を離れて、くるくる廻っているゴム輪をかがやかせて頭上を過ぎたりするのを、私は、息をこらして仰いでいました。>期待に胸膨らませて、飛行の様子を眺めていたことがよく伝わる文章です。 足穂の風景描写が素晴らしいのですが、「青い松並木の屏風」とは枝川の松並木のようです。 ![]() その後も、鳴尾競馬場では大正5年に米人飛行士ナイルスによる曲芸・宙返り飛行が行われ、大正6年にはアート・スミスによる曲芸飛行・夜間飛行が挙行されました。 <ここではまた若いアメリカ人が、円い胸のようにのしかかっていりルリ色の真中に、黄いろい煙の輪をいくつも重ねて宙返りをしました。いま眼の先に在った機械が、人間を乗せてすでにあんな高い所に昇り、その空っぽなまんなかでくるりくるりひっくり返っているということの中には、たとえようもない不思議な、胸を打つ感じがありました。赤色にぬられた複葉飛行機の翼が、ピカリピカリと私たちの方へ反射して、何ともいえずにきれいだったことをよく憶えています。> ![]() 写真はアート・スミス。 この頃は、稲垣足穂はまだ模型飛行機に没頭しており、飛行見物から帰って、自分の模型で再現させようと、目を凝らして見ていたのです。 しかし、その後、夢が高じて友人たちと本物の飛行機制作にとりかかることになります。
by seitar0
| 2021-03-26 11:54
| 稲垣足穂
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