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大正2年5月4日に朝日新聞社主催の都市連絡飛行で、鳴尾競馬場から飛び立った武石浩玻は大阪練兵場を中継して、京都の深草練兵場へ向かいましたが、着陸目前に墜落し、死亡します。 ![]() 稲垣足穂は翌年4月に、当時原田の森にあった関西学院普通部に入学しましたが、その当時の思い出を『白旗の記』と題して、次のように綴っています。 <いつのまにか、次の春になりかけていました。そしてわたしが入学した街の東外れにある中学校からは、六甲山が手に取るように眺められるのでした。赤屋根の学校へ入学願書を持って行ったその日から、東方の山並にひとみを向けて、「曾てここに在ろうとした」ことに想いを馳せるのが、私の仕事になっていました。> ![]() 現在、その跡地は王子動物園、神戸文学館となっています。 ![]() 稲垣足穂は、ここで六甲山を眺めながら、「曾てここに在ろうとした」武石浩玻が上空を飛ぶ様子を想像するのです。 <というのは、中途で躓いた都市連絡飛行の第三日目に、アメリカ帰りの飛行家は、この西から東へ長く連なっている山脈の向こう、二楽荘の建物が白く光っている所の左側、それぞれに物柔らかなカーヴを描いた褐色や藍や、灰緑が打ち重なっている辺りにあるゴルフ場を上空から訪れて、記念スタンプを投下するはずだったからでした。わたしはまたも紫色に霞んできた山上の空へ、黄いろい翼の飛行機を描こうとしました。> ![]() 麓からはケーブルカーで上がれたようです。 前年の5月5日は、武石浩玻は再び鳴尾競馬場から飛び立ち、二楽荘の北側上空を経て、六甲山上の神戸ゴルフ倶楽部まで飛んでくる計画でしたが、前日の墜落により実現することはなかったのです。 ![]() <やがて廻ってきた五月四日は、一年前の通りにうららかな日でした。―海辺の競馬場には紫雲英やクローバーが咲き乱れていることだろう。小豆色に塗られた阪神電車は、あの飛行機を見ようとする人々を満載した午前と同じように走っていることであろう。> と、登校した足穂は、じっとしておられぬ気がして、次から次へと思いをめぐらせていたのです。 そして足穂の飛行機への関心は益々ふくらみ、大正8年関西学院普通部卒業後、羽田にあった日本自動車学校で甲種免許証を取得し、神戸で複葉機を制作するまでになるのです。
by seitar0
| 2021-03-24 16:10
| 稲垣足穂
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