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キョウコ・モリ著・池田真紀子訳『シズコズ ドータ―』の単行本の帯には、 <史上初、逆輸入の新しい日本文学 美しい花に彩られた神戸を背景にキョウコ・モリが綴る魂を揺さぶる愛の物語>と書かれ、原著は1993年ニューヨークタイムズ・ベストブック受賞という秀作でした。 ![]() <著者キョウコ・モリは、一九五七年神戸に生まれる。父親は鉄鋼会社の重役を務め、経済的に恵まれた家庭に育つ。神戸女学院大学付属の中学に合格した直後の十二歳のとき、最愛の濃密な日々を過ごした「日本」から離れようと心に決めていたようだ。神戸女学院大学に二年間在籍後、アメリカ・イリノイ州のロックフォード大学に編入学をし、さらにウィスコンシン大学の大学院に進学する。以来アメリカに移住して現在に至る。> この紹介からキョウコ・モリについて興味を持ち、和訳されていない著書The Dream of Water (1995) Yarn: Remembering the Way Home (2009)まで読み進むことになりました。 ![]() 例えば、Yarnの第一章では、父、母、継母のことなどが詳しく書かれています。 ![]() 1954年にK製鉄で秘書として働いた母Takakoはエンジニアの父Hiroshiと出会い、恋に落ちます。独身時代にHiroshiが結核になり一年間サナトリウムに入院したとき、看病のためTakakoは仕事をやめ、その間、針仕事で彼女の両親や弟妹を支えます。その後Hiroshiの傲慢さや虚勢を見抜いていた両親の反対を押し切って、結婚します。 父Hiroshiは母がKyokoを妊娠したときから、他の女をさがしはじめ、結婚して5年後には最早、毎晩は家に帰ってこなくなっていました。 7年間、母はKyokoと弟のJumpeiを寝かしつけた後、一人で刺繍と縫い物に没頭します。そして夜中の1時か2時に父はバーからよく電話してきて、家に帰らず、そのまま出張に行くと伝えるのです。 Kyokoが11歳になると一家は芦屋の山手の大きな家に引っ越します。父は当時5,6人の女友だちがおり、夜になると父を探して電話してくるのですが、仕事で家にいないと答えると、女性はうそつきと責めるのでした。 そして母親は1969年の3月に自殺してしまうのです。 母の死の2か月後、父はKyokoが家事ができないからと、愛人だったMichikoを家に迎え入れ、理解のない父と、まるでシンデレラのお話のような典型的な継母との関係が描かれます。 Kyokoは神戸女学院大学2年のときに、家族から離れるためスカラーシップを得てアメリカ留学し、そのままアメリカに滞在し続け、決して父を許すことはありませんでした。 今回のこのような悲劇的な英文のストーリーを翻訳して、敢えてブログに掲載したのは、この7月に初めて私の会社の阪神地区OB会に出席し、シズコズドータ―のお話をしたところ、父Hiroshiをご存知の方が数人おられ、彼の若かりし頃の話を聞くことができたからです。 K大学卒で学生時代からラグビーをされていたそうで、会社でもラグビー部に入り、一線を退いてからも休みの日には審判をしていたそうですから、The Dream of Waterに書かれているとおりでした。会社では営業と技術部門を結びつける先駆的な業務を展開したりして、大変評価の高い人物であり、最後は関係会社の社長まで務めた方でした。 家庭を顧みず、家族からの評価と会社での評価がこれほど違うのは珍しいかもしれませんが、あの高度成長時代の歪がもたらした産物だったのかもしれません。 二人の娘を持つ私も、娘たちが中学から大学にかけての大切な時期に、単身赴任していたり、家に帰ることも遅く、娘たちとほとんど会話をすることなく過ごしました。二人とも巣立ってしまった現在、父親がどのように見えていたかというのは最大の関心事です。
by seitar0
| 2021-03-23 11:26
| キョウコ・モリ
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