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稲垣足穂が飛行機の物語で、しばしば描いたのは大正時代、鳴尾競馬場のクローバーとれんげ草、そして一面に広がる菜の花畑です。更に『ライト兄弟にはじまる』の第四章は「菜の花と飛行機との格闘」と題するなど、明治37年生まれの足穂が子供時代から強い印象を受けていた菜の花畑を題材にしています。 ![]() 今でも武庫川には小さな菜の花畑がありますが、菜の花が咲き誇ったのはいつの時代からのことでしょう。 阪神間で菜の花が栽培されるようになった経緯は、司馬遼太郎『菜の花の沖』の冒頭で六甲山系の小さな河川郡沿いに、画期的な水車式の搾油業が始まったと説明しています。 ![]()
阪神間の水車は酒造用の精米とばかり思っていたのですが、それが水車式の搾油業に使われ出し、菜種の需要量の増大とともに、阪神間で菜種畑が広がったのです。 ![]() 人力での搾油は大変な労力だったことでしょうから、水車の導入は革命的だったことでしょう。 『菜の花の沖』は1790年代のことですが、『鳴尾村史』でも、18世紀後半に、灯明油の原料である菜種の需要が高まり、綿作の盛況から少し遅れて、菜種の生産が西宮や武庫川流域で盛んになったとしています。 ![]() ジーボルトの『江戸参府紀行』にも1826年3月に西宮を通り、菜の花畑が眼前に広がっていたと述べています。 更に、北尾鐐之助は『近畿景観』で、昭和の初め、四月になると阪急沿線は菜の花の黄金色に埋められると述べています。 <私は、阪神間の交通路の中で、阪急沿線ほど、美しい色彩に富んでいるところはあるまいと思う。大阪以西、西宮までの平坦地は、三月の中頃になれば、ぼつぼつ蓮華、菜の花が染め出し、四月に入ると、一望ただ、菜の花の黄金の色に埋められる。> このように、菜種は江戸時代から幅広く栽培され、菜種油も主に灯明用に利用されてきましたたが、昭和に入り大豆の搾油が増え、戦後は海外からの原料輸入が自由化されとことで、国内での菜種栽培は衰退し、輸入大豆の搾油が主流を占めるようになりました。国内の菜種の作付け面積は昭和 32 年をピークに大幅に減少したそうです。 ![]() しかし、今でも菜の花のおひたしは季節を感じさせてくれる食べ物で春の食卓には欠かせません。
by seitar0
| 2021-03-22 16:08
| 武庫川
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