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稲垣足穂が飛行機の物語で、しばしば描いたのは鳴尾競馬場のクローバーとれんげ草、そして一面に広がる菜の花畑です。武庫川には小さな菜の花畑がありますが、菜の花が咲き誇ったのはいつからのことでしょう。 ![]() 主人公幸は、摂津国武庫郡津門村の私塾、凌雲堂の娘。小説の冒頭で、七歳の幸が兄の雅由に連れられて七夕飾りを枝川に流しに行く場面が描かれています。因みに枝川が堰き止められたのは大正9年第一期武庫川改修工事が始まってからのことです。 ![]() 幸は枝川に七夕飾りを流した後、川の様子を見るために組まれた高い櫓の上に登り、初めて美しく夕暮れに輝く武庫川を見ます。
高田郁は武庫川の夕日の輝き、川面の色をこのように表現しました。 <辺りの黄金色は徐々に暗さを増していき、目を凝らせば、淡く霞む川向うに、仄々と無数の粒が浮かび上がる。一斉に小さな灯を点したような景色に、幸は傍らの兄を見上げた。「兄さん、あの小さく光るのは?」ああ、あれは、と、雅由は目を細めて灯の正体を確かめる。「あれは綿の花だ」綿の花、と聞き、合点がいって幸は頷いた。> ![]() <津門でも綿作は盛んで、その花が一日限りの儚い命であることは幸も知っていた。咲き始めは黄白で、萎れる頃、薄紅色へと色を変える不思議な花だ。> ![]() 綿の花にはこんな性質があったとは。 私も綿が花とは思っていませんでしたが、「綿花」とは種子を包む白い「綿毛」のことだそうです。 ![]()
鳴尾の綿作はその後も発展し、明治15年ごろには最盛期を迎え、「綿摘み音頭」まででき、鳴尾村史には鳴尾名物だった綿摘み踊りの写真まで掲載されていました。 有数の綿花の産地となったことから、明治24年は尼崎紡績が操業を始めましたが、皮肉なことにインド産やベトナム産の綿花が輸入され、明治29年には関税も撤廃され、価格が大幅下落します。 ![]() <秋には一面の「雪景色」を見せた鳴尾の綿作も、明治三十七年(一九〇四)頃にはほとんど行われなくなってしまった。>とあります。 この江戸時代に始まった綿作に少し遅れて、菜の花畑も広がっていたのですが、それは次回、司馬遼太郎『菜の花の沖』から紹介させていただきます。
by seitar0
| 2021-03-20 13:15
| 甲子園
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