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万国博に対抗して葬儀博の実現にかける「ガンめん」や、葬儀のレジャー産業化に狂奔する「ジャッカン」らの奇行愚行、笑いと哀しみが描かれていますが、最後は死顔様を本尊とする新興宗教を立ち上げることになります。その教祖となるのが「ガンめん」。 ![]() <教祖いうたら、どんな格好するねん」先生ニヤッと笑って、そらまあ考えましょ、あの、いつか中之島で着た白い着物に袴、それに三角の巾つけるスタイルは、いかにもように合いましたで。>と新興宗教の宣伝を始めます。 信者も増えやがて一年たつと六甲山のふもとへ進出。 <二年後、死顔様は、西の宮満池谷の貯水池を見下ろす高台に本拠をかまえ、といってもそれまで会社社長の住宅であったのを提供されたので、特に宗団らしい構えはなく、ただ見事に手入れされた庭園を通って玄関へ入ると、すぐに四つの部屋をぶち抜いた板敷があり、その奥にいちいちうす絹で包まれたおびただしいデスマスクがかざられ、それを背負って、白装束のガンめんがすわっている。> ![]() この光雲荘を建設については高橋誠之助『神様の女房』で詳しく紹介されていました。 「おそらくこれからの300年も先には、世の中がどんな建築になっているかわからない。ただ、そのときの日本の建築でも、日本建築というものが、いろいろな形で、吟味されたり、参考にされたりすることがあると思うんや。そのときに、十分参考にできるような建物を建てておきたい」という松下幸之助の思いが詰まった立派な日本家屋でした。 ![]() 写真は枚方に移築された光雲荘と庭園です。 <「ここで、ぐっと金を集めて、さらに飛躍するために、なにかもよおしものをやりましょ」先生はいって、うちは釈迦も日蓮もないからその事蹟にこじつけて金あつめはできん、だから、教祖がみずから死顔の御本尊となる行事、たとえば断食をするとか、棺の中で三七二十一日間をすごすとかして、一度死んでよみがえったことにし、ガンめんの顔自身を死顔のシンボルとする。> そこで、あたらしい棺桶に入った教祖様が黒々と掘られた穴の中へつり下ろされ、何日かたって堀り起こしたら教祖様が生き返り、死顔教の祭日となるという計画を立てます。 <「平気ですよ、穴が完成したら、二人で横穴掘ってすぐ横の横穴の茶室へ抜けられるようにしときましょ」縦穴は隠亡の特技やけど、横穴がこの際命綱、どうにか人一人くぐり抜ける道をつけ、さらに空気孔、排泄物を処理する穴、食物、水など、何度か試して大丈夫とわかると、いよいよガンめん死顔化の葬儀> ここで登場する茶室。『神様の女房』によると、光雲荘の名前の由来で、 <光雲は、「あんたぐらいになったら、そろそろお茶くらいできんとあかん」という阪急グループの総裁、小林一三のアドバイスで始めた、幸之助の茶室の庵号である。新築披露には、近衛文麿、小林一三などが招待され、裏千家家元が茶室開きを行った。幸之助はこのとき、習いたての茶道を披露している。> <どないしてんと体をずり上げ見わたせば、教団の建物は影も形もなく、庭一面に草の一本すらみえず眼前にひろがる平地に一軒の家も木立も消えて、山肌は赤くただれ、ただしんかんとしずまりかえり、貯水池の水の上におびただしい材木のむれが重なり合ってうかんでいる。> 野坂昭如は最後のこの場面を描きたく、それが翌年に発表した『火垂るの墓』につながって行ったのかもしれません。
by seitar0
| 2021-02-19 14:02
| 野坂昭如
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