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庄野潤三『早春』にはシムがラムネを初めて製造したことが述べられていました。 <ところでシムが居留地の十八番に商館を開いたと聞けば、芦屋の叔父がメモ用紙を繰りながら語った。「十八番というのはラムネを製造したところです。球入れたラムネがあったでしょう、昔。いまもありますけど。あれを日本で初めて製造したのが十八番の家です」という言葉が思い出される。> A.C.シムがラムネを製造した居留地18番が、現在どうなっているか訪ねてみました。 ![]() 旧居留地の地図を見ると前町通りと明石町通の交叉する角にあります。 ところでこの居留地の番地の付け方について多島斗志之はミステリー小説『異人館の花嫁』で、居留地の設者、J.W.ハートに触れ、次のように書いています。 <居留地内は、百二十六の区画に分けられていた。その区画番号のつけかたが、新来のヘレンをとまどわせた。イギリス人だ。と彼女は思った。この区画番号を割り振ったのは、きっとわたしたちイギリスの人間にちがいない。夫に訊いてみると、はたしてその通りだった。J.W.ハートというイギリス人がこの居留地を設計したのだ。イギリスの町の、あのでたらめな番号のつけかた。それがそっくりこの居留地にも持ち込まれていた。縦に番号をつづけてみたり、横につなげてみたり、かと思うとジグザグに割り振られているところもあり、とつぜん思わぬところへジャンプしたりする。> 面白い解説。たしかに18番を一目で探すのは難しいです。 The Bundと呼ばれていた海岸通り。 ![]() その北側に入ったところが18番となります。(現在の絵地図で黄線で囲んだところ) 下の写真が現在の18番。 ![]() 手前の建物が大日明石町ビルでその右向こうが大協ビル。ROUGH RARE(ラフレア)というカフェが入っています。 ![]() 大日明石町ビルの表札には旧居留地18番地と書かれていました。 『早春』に戻ります。 庄野潤三は旧友の太地一郎からもらった手紙にシムの事が書かれていました。 <シムが人づき合いが良く、災害救助等を含めて社会奉仕することが出来たのは、勿論その人柄によるところが大きいのでしょうが、最近出た神戸の財界開拓者列伝の中にシムが入っていて、それによりますと、シムは居留地の十八番館に店を持ち、清涼飲料水のラムネを製造販売していたといいます。当時、これが内外人にたいへん好評で、シーム水、ラムネ十八番と呼ばれてよく売れたとのことで、かなり財を成していたと想像出来ます。われわれの年代の者にとってラムネは懐かしい飲物であり、興味を持った次第です。> ![]() ゴードンスミスの『ニッポン仰天日記』の1900年11月30日のシムの葬儀の様子を伝える日記に、シムが18番で販売していたミネラルウォーターのラベルの写真が掲載されていました。 SELTZER WATER とは炭酸水。 ![]() もう少しシムが日本で初めて販売したというラムネについて調べてみます。
by seitar0
| 2021-02-09 20:08
| 神戸
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