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山口誓子が甲山に俳句ハイキングしたお話を記事にした時、ふくさんより、「山口誓子さんは戦前住友に勤めておられました。川田順も輩出している。」とのコメントと「住友回想記」を紹介いただきました。川田順と山口誓子は年齢も少し離れていますし、住友社内で交流があったとは知らずに、早速読ませていただき、驚くことばかりでした。
![]() まず老いらくの恋の歌人川田順ですが、1882年生まれで住友総本社常務理事にまでなり、1936年54歳で総理就任へ期待されますが、自らその器でないと判断し、退社します。その10年前の1926年に山口誓子は住友に入社しています。川田順は山口誓子について「住友回想記」で「天下の俳人」と、べた褒めしています。 <誓子は将来の俳諧史においておそらくは芭蕉・蕪村・子規の系列中に加えらるべきすぐれた作者だ。そして、住友人だ。彼は会社の勤めに人並み以上に精励した。ついに健康を害して休職となったが、同僚誰一人としてこれを惜しまぬ者はなかった。> また川田順が住友に文学的なかぐわしい空気を作ったとも述べていました。 ![]() 川田は「私の履歴書」で源氏 鶏太が感謝していることに対し、<なにも感謝することはあるまい、当然のことだから。およそ会社のことを精一杯働いて忠実であったならば、住友は社員の自由時間までも奪うことはしない。ゴルフをするのも謡曲をうなるのも同じ自由時間だ。>と述べています。 ![]() < 定家忌や 勤め休まず 川田順 川田氏は勤務の時は勤務第一、そのかわり勤務終れば、作歌第一、勤務と作歌をはっきり分けておられた。定家忌だからといって勤務を怠らず勤務に精励されたのだ。私も川田氏のこの主義をそっくりそのまま遵奉した。> <読者の感じ方も考えて書くものですよ。体裁のいいことばかり書くと、同情を失います。世間にはあなたのような幸せな人ばかりではありません。「そんなことわかっている」わかっていないようだわ。住友で、これという働きもしないで重役になったとお書きになったが、そんなはずありません。きっと事業のことや何かで、苦しい経験もし、それを見事に切り抜けてきたんでしょう。上下の人々の間にはさまって苦労したこともあったでしょう。苦労の履歴の方が尊いのです。八十歳にもなって、気楽な自伝ばかり書いて、それが何になります。> この年になっても色々学ぶことがあります。
by seitar0
| 2020-11-19 11:46
| 大阪
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