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池波正太郎『人斬り半次郎 幕末編』の「へそ石餅」の章で、六角堂名物のへそ石餅を食べながら茶店のお婆さんと話をする場面が登場します。 ![]() <六角堂は、錦小路の薩摩屋敷から、ひとまたぎのところにある。六角堂とよぶのは、本堂の構造が六角づくりになっているためで、正しくは紫雲山・頂法寺という天台宗寺院だ。寺の歴史は古く、聖徳太子が六角の小堂を建立したのが起こりだという。> 六角の意味は、ホームページで調べると、 <「六の角」とは、六根(眼・耳・鼻・舌・身・意)によって生ずる六欲のことで、これらを捨て去って角を無くし、円満になること、すなわち「六根清浄を願う」という祈りを込めた形と伝えられています。>とのこと。 ![]() また隣にあるビル、WEST18のエレベーターから、六角堂の特徴的な屋根を上から見ることができました。 <「あの、東門の敷石のなかに、昔のころの、このお寺の台石が残っておりましてなあ」茶店の老婆が、そう言って、わざわざ案内してくれたことがある。なるほど、南門外の敷石の中に、円形の石が埋め込まれており、その中央には往古の寺の柱が何かをささえていたらしい穴が穿ってある。「この石を、へそ石いうていますので……」「それで、寺の茶店が売る餅を、へそ餅と名づけたちゅうわけか」「さようでござりますがな」> ![]() 門前の六角通りにあったものを、明治時代初期に門内へ移したもので、六角堂が京都の中心とされたことから、体の中心であるへそになぞらえて「へそ石」と呼ばれているそうです。 小説では中村半次郎が境内の茶店でへそ石餅を食べる場面が描かれています。 <一文銭ほどの大きさの求肥をまるめ、小豆を三粒ほど散らした可愛らしいもので、白とみどりの二種を五つ六つ木皿にのせ、客に供すのである。「あ……うまい」ゆっくりと一個を噛みしめ、次いでうす茶をのむ。これがまた何ともいえないのだ。> 「六角堂茶処売店」でへそ石餅を頼んでみました。 ![]() 求肥にきな粉を塗したへそ石餅、理由はよくわかりませんが、小説に登場するへそ石餅と少し違っていました。 また小説には江戸末期の六角堂の様子が描かれています。 <町なかにしては境内も広い、本堂をかこみ、塔頭や愛染堂、天満宮の社まであるのだが、妙なことに、鐘楼だけが六角通りをへだてた向う側にある。つまり昔は、そのあたりまで境内であったものらしい。> ![]() 昔は相当、境内も広かったようです。 太子堂の西側の池の中にある石でできた井筒は、聖徳太子沐浴の古跡と伝えられる場所で、その池のほとり、現在の池坊会館の位置に僧侶の住坊が建てられました。 六角堂の住職である池坊が仏前に供える花を色々工夫して飾ったのが生け花の始まりだそうです。 ![]() 歴史ある建物で味わうコーヒーも乙なものでした。
by seitar0
| 2020-11-11 11:07
| 京都
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