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子供時代を神戸で過ごしたルドルフ・ヴォルフガング・ミュラーさんの『二つの文化の狭間に生きて あるドイツ少年の回顧録』を読んでいると、昭和14年から22年までの神戸のドイツ人の暮らしぶりや町の様子がよくわかります。 <人々はたいていは神戸に住んでいて、北野町か、あるいは郊外の岡本超町か塩屋、もっとよい場所は隣町の芦屋と西宮(たくさんの日本人のビジネスマンや大阪出身の会社役員が住んでいる町)でした。その主な理由は気候にあります。これらの町は神戸同様に幅の狭い、およそ30キロの長さの海水浴場に沿って徐々に高い六甲連山から下へと流されてできた町です。夜になると山から涼しい空気が流れ出します。西洋人の弁理公使の多くは神戸で働いていて、坂になった森の端の近くは、蒸し暑い夏には最高に快適です。> <また、ここには小さな店や肉やソーセージなどの納入業者もいました。“Dörr’s Delikatessenn”(ドールのデリカテッセン)が印象にあって、ショーウィンドウには固いソーセージと肉の缶詰などの、明らかに本物そっくりの模造品が置いてありました。この店には毎日5リットルの瓶を持った牛乳屋がやってきて、厚紙で密閉をしていましたし、また他には氷屋さんが長い氷の塊が入ってる箱を持ってやってきて水滴を下のブリキ製の入れ物へ流し込んでいました。> さてこのデリカテッセン、村上春樹の『ダンス・ダンス・ダンス』や清水博子『vanity』などに登場するトアロード・デリカテッセンのことかと思ったのですが、トアロード・デリカテッセンは戦後、昭和24年の創業なので、 Dörr’s Delikatessennは別のお店だったようです。 戦前、銀座には谷崎潤一郎の『細雪』にも登場するレストラン「ローマイヤ―」の一階がデリカテッセン売り場となっていましたが、神戸ではDörr’s Delikatessennが最も古いデリカテッセンだったのでしょう。 <そしてドール店から遠くない、もともと山の前の傾斜が海岸の平地へと続いている幅広い本通りの中山手通りの近くには、いわゆるドイツパンのパン店、フロインドリーブ(ジャーマンホームベーカリー)がありました。このパン店は今日、以前の場所から遠くない、かつてのユニオンチャーチの建物へ移動しました。> ![]() 手塚治虫『アドルフに告ぐ』でも、神戸北野町の近くのパンとケーキの店BLUMENの息子としてユダヤ人のアドルフ・カミルが登場していますが、このパン屋さんはフロインドリーブをモデルにしたのかもしれません。 ![]() 上の写真の中山手のビルの一階にフロインドリーブがありました。 神戸の戦時下のパン屋さんは、手嶋龍一のユダヤ人難民を主人公にした『スギハラ・ダラー』でも登場します。 <アンドレイの一家が毎朝食べていたに違いないベーグルのパン屋を当ってみようと思い立った。その頃、神戸で仮住まいしていたユダヤ難民たちは、口を揃えてこの街のパンの美味しさが忘れられないと書き残している。>と書いており、小説とはいえ、パンのおいしさは、ほぼ事実だったようです。 当時はフロインドリーブの他に、下山手通2丁目32に1921年にドイツ人が開業したパン屋「セントラル・ベーカリー」がありました。 他にもドイツ人とロシア人が神戸で始めた店について述べています。 <さらにはドイツユーハイムとロシアケーキの店、モロゾフがあって、今日、この2店は多くの支店をかかえるほど成功を収めています。ここには1880年以来、つまりヨーロッパの国によって条約を結ばされた港やそれに属する数十年にわたる治外法権の居留地の設立以来、西洋の需要に合わせた店舗が生まれたのです。> <夕方、私たちは下町のユウハイムという古びた独乙菓子屋の、奥まった大きなストーブに体を温めながら、ほっと一息ついていた。其処には私たちの他に、もう一組、片隅の長椅子に独乙人らしい一対の男女が並んで凭りかかりながら、そうしてときどきお互の顔をしげしげと見合いながら、無言のまんま菓子を突っついているきりだった。> 堀辰雄は、この日ユーハイムにお菓子を買いに来るのはほとんど外国人だったと述べています。 ミュラーさんが触れている、モロゾフは昭和元年、トア・ロードにConfectionery F.MOROZOFFという洋菓子店を開き、その二階を住居としていました。昭和15年ごろは北野町に住んでおり、その建物は今も残っています。 ![]()
このように、ルドルフ・ヴォルフガング・ミュラーさんの著書を読んでいると、手塚治虫が『アドルフに告ぐ』で描いた神戸の町は、史実に基づいていたことがよくわかってきました。
by seitar0
| 2020-10-31 09:37
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