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恋人に去られ、紡織機の大発明の夢も潰えた細井和喜蔵はうつ病的な状態に陥ります。 和久田薫『女工哀史の誕生』では細井和喜蔵の自殺未遂について次のように述べています。 <大正11年、東亀戸の下宿を訪ねてきた友人の農民詩人の渋谷定輔に「ぼくは二度自殺未遂をしたんだ」と話しているし、小説の自分史的性格から見て実際にあったことだと思われる。また、この出来事の場面が西宮の香櫨園付近であることから。彼が内外綿会社の西ノ宮工場に勤め、しかも失意の底にあって、海の見える別間を借りて住んでいた頃のことではないかと想像される。> ![]() 内外綿紡績西ノ宮工場はこの西宮砲台の北側にあったのですが、今はマンションが立ち並んでいます。 細井和喜蔵の自伝的小説『奴隷』には、自殺を試みようとした頃の様子が次のように書かれています。 <一旦諦めた菊枝への追慕が、発明に破れた彼の頭へ再び潮のように、甦って来る。重ね重ねの悲劇に彼はもう堪えられなくなって、どっとその儘床に就いてしまった。> 和喜蔵が住んでいたのは、内外綿紡績工場の南側、西宮港の傍の貸家だったようです。 ![]() このすぐ近くに細井和喜蔵が住んだ家がありましたが、当時を思わせるものは何も残っていません。 ![]() <夜は音も無く朝へ近づいて行った。程近い香櫨園の海岸では、真砂を洗う波の音ばかりが永えに変らぬ音を立てている。そして春は逝くのであった。> ![]() 和喜蔵は香櫨園浜から夙川に沿って歩いたようです。 ![]() まずぶつかるのが阪神香櫨園駅。当時は当然高架にはなっておらず、夙川オアシスロードと交叉する場所に踏切がありました。 <凡ての希望を失った江治は遂に死の中に安息所を発見した。そして襲うが儘な誘惑に身を委ねて香櫨園付近の鉄道線路を夢遊病者の如く徘廻った。併し髪の毛ほども入用のない生命でいて、いざとなれば仲々しねないのであった。(今度こそはひと思いに 飛び込んで了わなければならん)彼はこう決心して汽車の来るのを植え込みの陰で待ち伏せたが、巨大な怪物のような機関車が地響き立てて咆え哮るエクゾーストを吐き乍ら側まで近づいて来ると、急に怯じ気づいてそのまま固くなって立ち竦んで了い脚が硬張って動けない。汽車は「臆病者よ、態みろ!」と嘲笑のスチームを浴びせて行き過ぎる。彼はぽかんとしてその偉大な後姿を見送った。> ![]() この自殺を試みた場所は、阪神電鉄の香櫨園付近の鉄路ではなく、機関車が走っていた現在のJR夙川橋梁付近だったと思われます。 ![]() この線路の少し先には、渡辺温が貨物列車との衝突事故で亡くなった、大師踏切があります。 鉄道で思いを遂げられなかった江治(和喜蔵自身がモデル)は、香櫨園から阪神電車に乗って梅田まで行き、市電に乗り換え、さらに阪堺線で終点の大浜まで行きます。そこで海に飛び込むのですが、結局助けられ命拾いしたのです。
by seitar0
| 2020-10-21 20:45
| 香櫨園
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