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細井和喜蔵の自伝的小説『奴隷』には浪華紡績西ノ宮工場(内外綿紡績西ノ宮工場がモデル)に勤めた時代の住居についても次のように触れています。 <絶対に逃れることの出来ぬ工場以外では喧騒を嫌い、人を厭うようになった江治は間代を張り込んで三畳の別間を借り、独り黙々として其処で起き伏しした。 相も変らぬ粗末を通り越したようなあばら家ではあったが、でも三尺の小窓から浜の景色が覗かれて舟の出入りが眺められるのは思わぬ儲けものだった。可成り日が長くなって早く夜が明け、五時の起床汽笛にはもう戸外が明るい。彼はウォーブ……、ウォーブ……、ウォーブ……と三回に切って猛獣のように吼え唸る朝の汽笛を聞き乍ら、静かな寂かな朝凪に掉さす小舟を見て眼を醒し早天の礼拝をして工場へ出かけた。> きっと当時の西宮港、御前の浜あたりの光景を述べているのでしょう。 この細井和喜蔵が借りた住まいの場所について、和久田薫『女工哀史の誕生』では谷口寿郎『阪神文学散歩番外編 細井和喜蔵と西ノ宮』での論考を引用して次のように述べています。 ![]() <和喜蔵が騒がしさと人を避けるようになったのは、大阪工場で失恋を経験し、その後憂鬱で孤独な日々を送っていたからである。谷口氏は彼の借りた三畳の別間の住まい場所は「おそらく浜辺に接した工場敷地の南側部分の宅地の一角」ではないかと推察している。明治末期の「土地利用図」を見ると、工場敷地をはさむように、北と南側に面して宅地が記されている。そして浜や舟が見えるなら、それは住宅の密集する北側でなく、海に突き出た南側だろうというのがその理由である。> ![]() 昭和7年の地形図を見ると、住吉神社の周りに住宅があります。 ![]() こちらは現在の地図。現地に行っても、ほとんどその時代の面影は残っておらず、こんな時、頼りになるのは昭和11年の吉田初三郎の西宮市鳥観図。 ![]() 住吉神社の南側(黄線で囲ったところ)に住宅が描かれており、このあたりに細井和喜蔵は住んでいたのではないでしょうか。
by seitar0
| 2020-10-13 11:04
| 香櫨園
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