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先だって大原謙一郎氏の講演があり、クラボウの創業者、大原孫三郎は「大原社会問題研究所」を設立するなど、『女工哀史』とはまったく正反対の経営者であったことが紹介されました。 ![]() そこでは飯田寿作氏の「酒都遊観記」を引用し、香櫨園にあった内外綿紡績工場について説明されています。 <明治28年、日本紡績株式会社が建設されて近代工業のうぶ声が上がった。この建物が長く尾をひく煙を出し、海上をゆく船から見て一種の航路標識になっていた。明治38年には、それが内外綿株式会社第二工場となった。大正13年には男工304人、女工1200人そして当時は西の浜の紡績工場といわれて親しまれていた> この内外綿紡績工場は昭和18年12月13日、海軍の要請によって船舶用ポンプ製造の日本水力工業株式会社になりました。 ![]() 内外綿紡績工場の写真はあまり残っていませんが、その様子は昭和11年吉田初三郎の西宮市鳥観図の西宮砲台の北側に、しっかり描きこまれていました。 ![]() 和久田薫『女工哀史の誕生 細井和喜蔵の生涯』によると、細井和喜蔵は大正5年、19歳の頃、京都府与謝郡加悦町の実家から大阪に出てきて、紡績工場で働き始めたようです。 和喜蔵が関西時代に働いた工場は、地元の和喜蔵研究者の松本満氏の調査結果によると、 ①内外面会社第一紡績工場(西成工場)約三年 大阪市此花区伝法町 ②内外綿会社第二紡績工場(西ノ宮工場)一年余り 兵庫県西宮市泉町 ③東洋紡績四貫島工場 約一年半 大阪市此花区四貫島 ④大阪合同紡績神崎工場 兵庫県尼崎市神崎町 ⑤東洋紡績三軒家工場 ④⑤で約一年 大阪市大正区三軒家 短い期間に紡績工場場ばかり転々としています。理由はそれぞれあったようですが、待遇改善や労働組合結成に向けて活動していた和喜蔵が会社から疎んじられ、会社を辞め、経歴を隠して、また次の会社に移ったようです。 『女工哀史』は小説ではなく、いわばルポルタージュのような作品ですが、細井和喜蔵はその経験を基にして、自伝的小説を書き上げており、それがプロレタリア文学の初期作品として評価されている『奴隷』と『工場』です。 次回はその『奴隷』に描かれた浪華紡績西の宮工場(内外綿株式会社第二紡績工場がモデル)について紹介します。
by seitar0
| 2020-10-09 13:41
| 香櫨園
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