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先日箕面動物園の跡地を訪ねましたが、そこには明治の中頃、北浜銀行頭取の岩下清周ら7人によって、関西の財界人クラブとして建てられた松風閣と名付けられた建物がありました。 ![]() 現在も箕面観光ホテルの別館桂として残されています。 <箕面動物園は廃止されて、その園内に残れる有名なる松風閣は、岩下氏ほか七名の出資による一種の匿名クラブとして、北浜銀行関係同人の来賓接待に使用されたのである。その設計新築は、建築道楽をもって有名なる志方勢七翁の宰領によって完成した。勾配の多い庭園を巧みに利用し、宏大なる二階造り、地下室を入れると三階になる。風流高雅、清閑の山荘、大阪第一として世人を驚かした。> 『逸翁自叙伝』には山県有朋、井上薫、原田二郎ら明治の重鎮を松風閣に迎えた時のそれぞれの面白いエピソードが書かれています。 しかし、箕面動物園の中にあったころは、面白かったでしょうが、本当に風流高雅だったのでしょうか。 ![]() また現在、箕面観光ホテルの「別館桂」と名付けられている理由は、明治時代に総理大臣にもなった桂太郎が、愛妾「お鯉」を伴ってしばしば泊まったので、人々は松風閣のことを桂公爵別邸と呼んだことからだそうです。 そのお鯉さんを小林一三が箕面駅で出迎えて案内したときの様子も『逸翁自叙伝』に述べられていました。 <この美人は写真で知っている新橋のお鯉で、も一人は、付添いとは言うものの、立派な服装をしたお友達のような美人であった。私は松風閣と琴の家と、それぞれ手配し、それから東道の主人として三婦人と共に、流れに添うて歩き出した。> ![]() こちらは現在の一の橋。 ![]() ![]() ここまで小林一三が賞賛する美女とはどんな方だったのか調べてみると、星野星子さんの「いまトピ」というサイトに写真が掲載されていました。 ![]() ひょっとすると、この箕面電車のポスターのモデルはお鯉さんだったのかも。 お鯉さん、美人だけだっただけでなく、相当な人物だったようです。しかし、この項、次のように終わります。 <お鯉さんに遇ったのは、ただこの一度だけである。その後、何十年後であったか、誰かの紹介状によって東京電灯の社長室において、お鯉物語を書くというので対談したことがある。こんなにも様子が変わるものかと美人の薄命を痛感した。> ![]() 安藤照の自伝『お鯉物語』『続お鯉物語』は昭和2年、福永書店より刊行されています。 お鯉さん、桂太郎が亡くなられてから相当苦労されたようで、晩年は出家し目黒にある羅漢寺の尼僧となり1948年死去されたそうです。 ![]() お鯉さん、小林一三が案内した日は、瀧安寺から戻られたそうですが、私は箕面の大滝まで。
![]()
by seitar0
| 2020-10-02 14:29
| 箕面
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