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箕面に明治43年から大正5年まで、日本有数の箕面動物園が開業していたことをご存知でしょうか。 『逸翁自叙伝』に「動物園の失敗」として反省を込めて述べていました。 <会社の名称が箕面電車であるその第一の目的地箕面公園は、電車の開通と同時に、日一日と春めく花だよりを機会に、箕面動物園を開場した。> その跡地を早速訪ねてみました。箕面へ行くのは小学校の遠足以来です。 まず阪急箕面駅直ぐ近くの、みのおサンプラザ地下一階の箕面市立郷土資料館で下調べ。 ![]() ジオラマや箕面動物園の写真が展示されています。 <公園入口左手の動物園は、渓流に日光の神橋を写した朱塗りの橋を渡って、二間四方朱塗の山門から左へ登りゆくのである。園の広さは三万坪、だらだら坂を曲りまがって中央の広場には余興の舞台がある。数十町の道に沿うて動物舎がある。渓流の一旦を閉じて池を造り、金網を張った大きい水禽舎には数十羽の白鶴が高く舞う。> ![]() こちらが動物園の案内図。 ![]() 動物園入り口の「不老門」と手前の塔は券売所。 ![]() らくだの写真や鶴のいる水獣舎の写真も展示されていました。 ![]() もちろんライオンも。 ![]() 観覧車まであったようです。 ところで動物園入口の橋は箕面の大滝に向かう一の橋とは違い、その手前にあったようです。 ![]() 現在はガードレールのついた道になっており、橋とは気付かないくらいです。 ![]() 現地に行ってみますと、残念ながら立入禁止となっていますが、アーチレンガ積みとなっている「豹のいた檻」の跡がみられます。 ![]() 開園当初は遊覧客も多かったようですが、大正5年に閉園となります。 <その頃の関西には京都以外に、動物園はなかった時代であるから、遊覧客はなかなか多い、ことに自然の岳岩を利用し、四角の箱の中に飼育せしめたものと異り、猛獣の生活を自由ならしめた自然境の施設は自慢の広告材料であった。園内の絶頂には鉄骨の回転展望車を造って、大阪湾を一望のうちに望むというのであるが、結局失敗に終わって閉鎖した。> 失敗の原因の一つは、猛獣舎の改造や維持費もかかることにありましたが、それより大きな問題は清麗な環境を守ることでした。 <箕面公園は春は桜の花、若葉青葉新緑の涼しい夏を送って初秋の七草千草、やがて満山燃ゆるがごとき紅葉の名所として、すでにすでに天下に名あり、煤煙と俗塵の大阪から半時間を要せずして、この仙境に遊ぶ。これは箕面電車の至宝であるから、この清麗な環境を、徒に俗化することは大阪市民の期待に反し、レクリエーションの精神に反する結果にもなる、出来るならば、俗化せざる渓谷森林の自然美と、高尚にして風雅なる天然公園を維持し保有することが、この会社の使命であるという大方針を討議することになったのである。> なるほど箕面の風雅なる天然公園を維持し、俗化を避けることが得策と考えたようです。 ![]() しかし、行ってみると、現在はその跡地に巨大な箕面温泉スパーガーデンと箕面観光ホテルの巨大な建物が山際に聳えているのにはびっくりしました。
by seitar0
| 2020-09-27 13:55
| 箕面
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