竹中郁『私のびっくり箱』「苦楽園とは」からです。
<国鉄の芦屋駅の前から走るバスで「苦楽園」行きというのがある。それに乗ると終点は小さい橋のたもとで、その橋は「三笑橋」という名だ。ここらは大正十年ごろに土地開発された。電鉄沿線に土地経営がはやったが、その波の一つだ。>
そこでで、竹中郁は「三笑」、「苦楽」の命名のしぶさを語ります。
<「三笑」という中国の故事は、詩人陶淵明を送ってでた法師がつい話に夢中になって、渡るつもりのなかった虎渓という谷をうっかり渡った。そこで三人が大笑いしたのに由来する。絵にも描かれることが多く、大観や関雪も手掛けた。その虎渓三笑からこの橋名はもらったのだ。その苦楽園の売出し広告文に、スイスのローザンヌに似ているとかと、与謝野晶子夫妻が云っていたのもおぼえている。>
こちらの虎渓三笑の絵、英語で“Three Laughs at Tiger Brook”とキャプションが付けられていました。

こちらは曽我蕭白 「虎渓三笑図屏風」 (ボストン美術館所蔵作品)。開発された当時は、このような風景を思わせるようなところだったのでしょう。
私も久しぶりに三笑橋の記憶を確かめに、苦楽園口から阪急バスで「苦楽園」に登ってみました。
これが現在の「三笑橋」。

正直申し上げて、まわりの景色が変わったこともあるでしょうが、命名の由来ほど風情のある橋ではありません。

1915年の三笑橋の写真がありました。はげ山の六甲山系が写っており、橋のたもとの家がなければ、中国の故事を思い起こすかもしれません。
しかし、スイスのローザンヌに似ているとは。昔も今も土地開発の広告には驚かされます。
こちらは楽天不動産の苦楽園分譲地の広告ですが、まあリーズナブルといえましょう。

六甲山麓苦楽園もフォードで温泉客を迎えていた時代とは大きく変わり、アウディが颯爽と走る高級住宅街となりました。
竹中郁が生きていたら何と言ったでしょう。
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