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小泉八雲も勤めたことのあるコーベ・クロニクルから名前を変えた神戸の英字新聞ジャパン・クロニクルが、大正7年(1918)に50周年を記念して発行した“JUBILEE NUMBER 1868-1918”で、創業当時からの経営者で編集長でもあった英国人ロバート・ヤングが神戸外国人居留地の歴史について詳しく述べています。 ![]() 神戸の外国人用居留地の建設に伴い、居留地会議が誕生します。そこでは居留地の特権を日本政府の侵害から守るということも大きなテーマであったようですが、砂原に忽然と姿を現しつつある街の美化問題に精力的に取り組んでいます。 ![]() <1868年11月13日、早くも居留地の街路沿いに植える樹木購入の提案がなされた。数か月後、再び審議され、これが採決されて、ようやく居留地に街路樹がお目見えした。この街路樹のおかげで、神戸の居留地は、まるで英国の田園都市のような雰囲気を長い間ただよわせていた。> ![]() 神戸市立博物館に展示されている居留地復元模型を見ますと、英国の田園都市とまではいきませんが、街路樹が植えられているのがわかります。 更に、 <バンドができてから、護岸壁と道路の間の細長い場所に芝生が植えられた。海に面して建つ田園風の建物に芝生の緑がとけ込んで、実に美しい眺めであった。二、三十年前まで居留地の外国人たちは、夕方になるとこのプロムナードに集まってきて、気ままに散歩を楽しんだ。ベンチに腰をおろし、視界を妨げるものがすっかり取り除かれ、見晴らしのよくなった海を、いつまでも眺めていたものである。なかなか上手なポルトガル人の素人楽団が美しい旋律を奏でるなかを、華やかで魅力的な衣装の淑女たちがそぞろ歩いている夕暮れの海岸通は、まるで一幅の美しい西欧の名画のようであった。> ![]() 一幅の美しい西洋の名画とまではいきませんが、当時の居留地の絵がありました。 <堤防の樹木はそのまま残し、低いところを整地して芝生を植え、クリケットやフットボールのグラウンドが完成した。さらにローンテニスやその他のゲームができる設備も整った。すっかり完成したこの遊園地は、神戸でもっとも魅力のある美しい広場になり、今では広く外国人にも日本人にも利用されている。> ![]() 当時の遊園地でクリケット楽しむ様子です。(現在の東遊園地) しかし、居留地時代外国人によってみごとに手入れされていた街路樹も、日本人が管理するようになると荒れるに任されてしまい、ロバート・ヤングは次のように嘆いています。 <日本人たちは、環境の美化に税金を充当するのは、“物質主義的”な外国人のすることであると思ったのであろうか。日本人は将来“美”を愛する国民だと思い込んでいる日本びいきの人たちも、少しはその考え方を改めなければなるまい。日本人は外国人たちが示したこのお手本を見習うどころか、逆に、せっかく苦労して美化した街の環境を破壊してしまったのである。> これをヤングが書いたのは大正7年のことですから、その頃の海岸通の景観はひどくなっていたようです。 更に、次のような警句で結んでいます。 <ヨーロッパでは、大都市の中心部に必ずといってよいほど、よく手入れされた美しい公園を見かけるのであるが、日本人はこのような広場などにはほとんど無頓着で、関心すら示さなかった。人口いまや五十万人に達しようとする神戸の街に、かつて外国人が造り上げたあの居留地の遊園地を除いては、本当の意味で都市公園と呼べる広々とした場所はただの一ヵ所もない。> ![]() 写真は現在の東遊園地。 日本固有の自然美を愛する美意識と、造形美を愛でる西欧人の美意識の差があったのかとも思いますが、それにしても日本人の都市景観に関する意識の希薄さは反省させられます。 決して欧米風の都市景観を目指す必要はないと思いますが、いったいどうすればいいのでしょう。
by seitar0
| 2020-09-12 11:17
| 神戸
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