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村上春樹は阪神淡路大震災の時、アメリカのタフツ大学に招聘されマサチューセッツ州に住んでおり、そこで震災の映像を見ることになります。震災により芦屋の実家は居住不可能となり、ご両親は京都に移られています。父親との確執があったとはいえ、やはり心配だったのでしょう。村上春樹はその年の3月に一時帰国し、地下鉄サリン事件は日本で知ることになります。 更にその年の5月には日本に帰国し、9月には神戸と芦屋でチャリティの「朗読会」を開催しています。朗読に選ばれたのは「めくらやなぎと眠る女」で、香櫨園にある回生病院と思われる病院が登場する短編でした。 そして1997年5月に一人で時間をかけて西宮から神戸まで歩き、自分の目で見届けた震災後の爪痕と変貌の様子を書いたのが、『辺境・近境』に収められた「神戸まで歩く」です。 ![]() <僕は戸籍上は京都生まれだが、すぐに兵庫県西宮市の夙川というところに移り、まもなくとなりの芦屋市に引っ越し、十代の大半をここで送った。高校は神戸の山の手にあったので、したがって遊びにいくのは当然神戸のダウンタウン、三宮あたりということになる。そのようにしてひとりの典型的な「阪神間少年」ができあがる。当時の阪神間は━もちろん今でもそうなのかもしれないけれど━少年期から青年期を送るには、なかなか気持ちの良い場所だった。> ![]() 村上春樹が少年時代を過ごした「気持ちの良い場所」阪神間の風土と原体験が作家としての原風景となったのでしょう。 しかし、その風景はことごとく破壊され、 <僕と阪神間とを結びつける具体的な絆は、今では━記憶の集積(僕の重要な資産)の他には━もはや存在しない。> とその喪失感を語り、だからこそ、その後の変貌を見届けるため、自分の足で一歩ずつ丁寧に歩いてみたかったと述べています。 阪神西宮駅で降り、小学生の頃、自転車でよく買い物に来た商店街が見分けがつかないくらい様変わりした様子を見ながら、戎神社に向かいます。 ![]() ![]() えびすの森は今も健在です。 <子供の頃よく小海老釣りをした池の古い石橋は(紐をつけた空き瓶にうどん粉の餌を入れて水の中に落としておきと、小海老が入ってくる。適当にそれを引き上げる。簡単だ)、崩れ落ちたまま放置されている。> ![]() <激しい破壊のあとがいたるところに生々しく残り、あたり一帯はなにかの遺跡のようにさえ見える。ただ境内の深い森だけが、僕の記憶にある昔の姿と変わることなく、時間を超えてひっそりと暗く、そこにある。僕は神社の境内に腰を下ろし、初夏の太陽の下でもう一度あたりを見まわし、そこにある風景に自分を馴染ませる。> 多感な時期を過ごした自己形成空間の喪失。すぐには受け入れることができなかったのでしょう。その風景を自分の中に自然に受け入れようとしますが、いうまでもなく長い時間がかかると心境を述べていました。
by seitar0
| 2020-08-25 12:44
| 村上春樹
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