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蒔岡家の四女・妙子は女学校時代から人形を作るのが上手で、だんだん技術が進歩して、百貨店の陳列棚に作品が出るようになります。 <兎に角彼女の手から生れる可憐な小芸術品は次第に愛好者を呼び集め、去年は幸子の肝煎で心斎橋筋の或る画廊を借りて個展を開いた程であった。彼女は最初、本家は子供が大勢で騒々しいので、幸子の家へ来て作っていたが、そうなるともっと完全な仕事部屋がほしくなって、幸子の所から三十分もかからずに行ける、同じ電車の沿線の夙川の松濤アパートの一室を借りた。> 阪急芦屋川駅近くの幸子の家に来ていた妙子は、夙川の松濤アパートを人形作りの仕事部屋にして、芦屋から通うことになります。 (写真は1959年版映画『細雪』に登場する松濤アパートの妙子の部屋) <部屋借りと云っても仕事をしに行くだけで寝泊まりをするのではない、幸い友達の未亡人が経営しているアパートがあるから、よく頼み込んでそこを借りることにしたらどうであろう、そこなら近い所だから自分も時々様子を見に行くことが出来る、と云うようなことを云って、やや事後承諾的に運んでしまったのであった。> この夙川の松濤アパートとは、どうも谷崎潤一郎が執筆のために借りていた甲南荘をモデルにしたらしいのです。 宮崎修二朗著『文学の旅・兵庫県』の「甲南荘跡」によると、谷崎潤一郎本人が芦屋から通って、原稿を書いていたそうです。 <そこから東に下って阪急夙川駅の西側のガードをくぐり北へ千米ほどもゆくと、そこは「甲南荘」アパートの跡である。戦前まで三階建の洋館があったというが、その跡かたもない。当時の経営者長塩流生氏は西宮市江上町にいるが、氏の話によればそこには評論家の千葉亀雄が大正十五年から昭和三年まで住んでいたという。丸山幹治も昭和一二年から十二年まで、その他洋画家の上野山清貢や伊藤慶之助氏もここに住んだ一時があり、谷崎氏も原稿執筆に芦屋から通って来たともいう。> ![]() 阪急夙川駅西側のガード下から越木岩筋を北へ約300m、久出川と交叉する過度にあります。(航空写真の黄色丸印) ![]() 上の写真は現在の風景。(相生町11番地) 島耕二監督1959年版映画『細雪』でも松濤アパートは同じ相生町に設定されていました。 ![]() 上の航空写真のオレンジ色の丸印あたり、現在の風景です。 ![]() この踏切は阪急甲陽線相生町踏切です。 ![]() 折悪しく、そこへ奥畑の啓坊(川崎敬三)がやってきて、この踏切で板倉と出会うのです。 後ろに甲山が見えています。 ![]() こちらは現在の相生町踏切から見た阪急甲陽線とそれに跨るように見える甲山。 ![]() 相生町踏切の東側には大きな土蔵のある家がある邸があったようです。 (現在の相生町踏切は甲陽線が3輛編成となり、駅が伸長されたため、北側へ10メートル程度北側に移動しています) ![]() 現在の風景は映画撮影当時とは随分変わりましたが、この通りにはまだこのような土蔵があるお邸が残っています。 島耕二監督はかなり原作を意識してロケ地を探されたようです。
by seitar0
| 2020-05-15 22:53
| 谷崎潤一郎
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