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野坂昭如が神戸大空襲で避難した西宮市満池谷の遠い親戚とはどのような関係だったのでしょう。 ![]() 『恋自縛』では、瀬川家という名前で登場します。 <その長姉が、祖母の妹の息子に嫁いだというだけの縁、それでも二十年に入ると、お互いどちらかが焼き出されたら、とりあえず身を寄せる口約束> ![]() 私小説『ひとでなし』では、複雑な人物関係図が明らかにされています。 ![]() ここでは「祖母の妹の長男の嫁の生家」としており、高瀬家という名前になっています。 また祖母、張満谷ことの妹の長男Sと高瀬家の神戸オリエンタルホテルでの結婚披露宴の様子が次のように書かれており、高瀬家の家族構成がわかります。 ![]() <律子を初めて見たのは、十八年二月、高瀬家長女とSの、神戸オリエンタルホテルで開かれた結婚披露宴。県一高女五年の次女、女学院二年の律子、ぼくと同い歳の四女、短剣がないだけで海兵そっくりの制服を着た長男。その母親と親戚が向き合うテーブルに並んで、四女はセーラー服、他は着物。> 『恋自縛』では瀬川家、『ひとでなし』では高瀬家となっている実名I家の長女は大正9年生まれ、次女は大正12年生まれ、三女K子は昭和3年生まれ、長男は神戸商船に寄宿していました。 三菱商事に勤められていたI家の主人は昭和10年に死亡し、野坂に悪しざまに書かれた未亡人はAさん。長女は既に述べたように張満谷家の祖母の妹の長男に嫁ぎ、満池谷の家には住んでいませんでした。 次女T子さんは大正12年生まれで中島飛行機に勤労動員で、普段は家におらず、電休日にだけ満池谷に帰っていました。昭和元年生まれの長男も神戸商船学校に寄宿、昭和4年生まれの四女も勤労動員で明石の測量機製作所の寮に住み、昭和3年生まれの三女K子さんだけが母親とずっと満池谷の家にいて、野坂と一緒に暮らしたのです。 同じ内容を『恋自縛』では、次女T子さんは、嘉子として登場し次のように書いています。 ![]() <昭和二十年六月、何度か顔を合わせただけ、彼女は動員で、飛行機制作工場の寮に泊まり込み、節電日に帰ってくる。> 野坂が悦子の葬儀に向かい、守口市の会館で遺族近親者たちと対面し、見知った人物は次女の嘉子だけでした。 <嘉子と庄助の前に、低い黒塗りの膳、一メートル離して長テーブル、両側に喪服のほうが少ない十数人、つまり遺族近親者たち、いちおう頭は下げたが、もとより初対面。> 野坂の私小説には『恋自縛』の悦子のように三女をモデルにした物語が数々述べられていますが、『火垂るの墓』しか知らない人たちは、野坂について決して快くは思っていなかったでしょう。 <嘉子も、多勢側から孤立、悦子が二つ上、嘉子五つ上、すると七十三、四、にしては派手な色合いの衣裳。場違いな自分、奇妙な雰囲気。> 悦子の夫も既に亡くなっていたようです。 <しかし、誰も庄助にしゃべりかけず、骨上げを待つ席にしては悲しみの色がうすい、何をたずねるのもはばかられる感じで、たしかに「伺います」と。前後の考えなくいった時、悦二郎は「お待ちしてます」と答えたが、これは招かれざる客、遺族も応対に窮して当然、嘉子がいなければどうなっていたか。> 野坂と同年の四女は既に亡くなり、長男も体調を崩して不在、 <会館の者が、骨上げに向かう時刻と告げ、向こうの席の者が立った、派手な身なりながら嘉子、膝のリューマチとかで、庄助が手を貸し、火葬場へのバスが用意されて一同乗り込み、嘉子はドライバー付き自家用車、「庄ちゃん、一緒に行きましょ」庄助を先に乗せ、守口市に火葬場はなく、府下四條畷市。> ![]() 野坂は、骨上げに立ち会い、骨を拾う立場にはないとはっきり判っていたにもかかわらす、嘉子に付き添って来てしまいます。 <庄助、台車に歩み寄り眺めると、ならされたようなまっしろな灰。上方の骨壺は小さい、骨がすべて納まるはずはない。まっしろな灰だけ。掌を当てるとわずかなぬくもり、誰もいない。> 小説は余韻を残してこれで終わっていますが、実はこの後、野坂は骨を一片拾い上げ、ハンカチにくるんで持ち帰ったのです。 どんな気持ちだったのでしょう。
by seitar0
| 2020-03-21 17:02
| 野坂昭如
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