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先日、田辺聖子さんが住んでいた異人館のあった諏訪山の麓にある、神戸山手大学で『サマセット・モームと神戸』と題した公開講座が開催されました。 ![]() http://nishinomiya.areablog.jp/blog/1000061501/p11025513c.html <「それじゃ塩屋クラブをご存知ありませんね。わたしは若い時分、そこから出発して、信号浮標をまわり、垂水川の口にあがったもんですよ。三マイルあまりですが、浮標のあたりは海流が悪く、ちょっと骨が折れますよ。さて、わたしは同姓の若い男に、その話しをして、もし彼がそのコースを泳ぎきったら仕事をやろうと言ったんです> ![]() 写真は初代の平磯灯標。 今回の講演では、講師の方が、「モームは実際には塩屋には来ずに、想像で書いた作品である。モーム協会は実際に来ていると主張するが、意見が違う」と力説されていましたが、その根拠を示されなかったのは残念です。私は、『困ったときの友』に描かれた、横浜や神戸の風景は具体的であり、想像で書いたとはとても思えません。 Wikipediaで調べると。 <翌1917年にアメリカから日本、シベリアを経由し、ペトログラードへと向かった。ロシア革命の渦中のペトログラートでは、MI6の諜報員としてケレンスキーと接触し、資金援助した。ドイツとの単独講和阻止のために送り込まれたのであったが、単独講和を唱えるボリシェビキが戦争継続派のケレンスキー臨時政府を倒し、失敗に終わった。> とあり、1917年の日本訪問時、塩屋にも来たのではないでしょか。その経験を基に、コスモポリタン誌に寄稿されたのでしょう。 今回の講演会が神戸山手大学で開催されたのは、サマセット・モームが1959年11月に神戸港に到着した際、当時、兵庫県立芦屋高校教諭で後に神戸山手女子短期大学教授を務めた山口九一氏がラオス号の船室でモームと単独で30 分間面会して記念写真を撮り、関係者を驚愕させた事実があったからです。 ![]() 講演会には山口和子さんもゆかりの写真を携えて出席されました。 山口氏はモームが吃音を克服できないことに困っていることを知り、自身の吃音克服の方法を郵便で送ったところ、県立芦屋高校での授業中にモームからの速達小包と短い手紙が届いたそうです。 ![]() こちらが一緒に送られてきたサイン入り写真です。 モームが神戸港に到着したとき、山口氏はモームからの礼状を船員に見せて、伝えてもらい、面会の予定のなかったモームへの面会を許されたそうです。 ![]() モームとの面会の経緯や様子は山口九一氏が自費出版した著書に詳しく書かれているそうです。
by seitar0
| 2019-11-27 22:44
| 神戸
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