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須賀敦子さんの父豊次郎氏は1936年日本貿易振興協会主催による世界一周実業視察団体団旅行に参加し、途中ロンドンのキングス・クロス駅からフライイング・スコッツマンに乗ってエディンバラを訪れます。 ![]() しかし、エディンバラでステーション・ホテルと呼ばれたのが上の写真の「ウォルドルフ・アストリア」だと知り混乱したのですが、やはり豊四郎氏が宿泊し、1959年に須賀敦子さんが訪ねたのは現在のバルモラル・ホテル(旧North British Station Hotel)だったようです。 エディンバラには当時、カレドニアン鉄道のプリンシーズ・ストリート駅とノース・ブリティッシュ鉄道のウェーバリー駅がありました。 しかし、ロンドンからフライイング・スコッツマンが向かったエディンバラの駅はウェーバリー駅であったことがわかり、そのステーションホテルとは現在のバルモラル・ホテル、当時のNorth British Station Hotelに違いないようです。 ![]() 写真は1948年のウェーバリー駅とNorth British Station Hotel ![]() North British Station Hotelは1902年開業し、1988年までその名前で続いていました。 須賀敦子『オリエント・エクスプレス』からです。 <ロンドンを出るときは晴れ上がっていた空が、列車が北上するにつれて灰色になり、私の感覚では東京―大阪とほぼおなじくらいの距離と思えたエディンバラの駅に到着したのは午後の遅い時間だった。> ![]() 現在のウェーバリー駅から地上に上るスロープですが、当時はどんな道がホテルにつながっていたのでしょう。 須賀さんは駅に降り立つとStation Hotelという赤いネオンが見え、それを目指して歩きます。暗い通路を行き着いて、いきおいよくドアを開けたとたん、その豪華さに圧倒されるのです。 ![]() 地上から見たバルモラル・ホテルです。 <あの安っぽいネオン・サインからは想像もつかない、ケイトウ色の赤い絨毯が海のように私の前にひろがっていて、通路の暗さとはうってかわった、まるで豪奢なルネッサンスの宮廷に迷い込んでしまったかと思うほど美しいシャンデリアが、クリスタルのしずくのひとつひとつに光を反射させて燦いていた。> ![]() 昔はもっと豪華絢爛だったようですが、ここで須賀敦子さんと老バトラーとの素晴らしい会話が始まるのです。 <あちこちに真鍮がきらめいている、顔のうつりそうなマホガニーの腰高なカウンターの前に立つと、でっぷりふとった、そしてこれも正装した白髪の老バトラーがにこやかに近づいてきた。キングス・クロスの駅を離れてからずっと、往年の父の優雅な旅をあたまのなかで追ってきた私が、そのとたん、貧乏旅行しかしたことのない戦後の留学生に変身した。 「もうしわけないけれど」私はバトラーの顔を見すえて、でもうっかりすると震えそうになる声を気にしながら、切り出した。「三十年まえ、このホテルに泊まった父にいわれて、駅からまっすぐこちらに来たのですが」> <「こちらでいちばん高くない部屋はいくらぐらいかしら?」消えてしまいたい気持ちをおさえて、でも、一歩もゆずってはだめだと、さっぱり気分にそぐわない笑顔をつくった。> ![]() 今回は粋な老バトラーには出会えませんでしたが、キルトを着たドア・マンも風格を漂わせています。
by seitar0
| 2019-10-18 10:36
| 須賀敦子
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