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伊勢神宮の別宮参拝で一番印象深かったのは内宮の風日祈宮(かざひのみのみや)の歴史でした。 ![]() 仏教伝来後、奈良時代から神仏習合は始まっていましたが、その思想に蒙古襲来が大きな変革をもたらしていました。 伊勢神宮では神仏習合が極度に進んだ中世でも、僧尼遥拝所を設けて僧尼の神域への参入や神前読経は許されず、仏教との接触は極力忌避されていました。 ![]() 1797年の『伊勢参宮名所絵図』の「内宮宮中之図(巻五)」を見ても、五十鈴川を隔てて、正殿と向き合うようにして僧尼遥拝所が描かれており、神域での参拝が禁じられていたことがわかります。 1274年、蒙古襲来の報に接した朝廷は、全国の寺社に勅使を派遣して、「異国降伏」の加持祈祷を行わせ、伊勢神宮でも、内宮と外宮、それぞれにあった「風社」に神職ら12人が祈祷し、元寇を退けた伝えられています。(文永の役) この神威が、それまで仏教忌避の流れにあった伊勢神宮に、変化を引き起こします。 最初の蒙古襲来をしのいだ翌年1275年に朝廷が「異国降伏」のため、神宮に「法楽社」という密教の祈祷所を建て、供僧と阿闍梨を置きます。 2度目の弘安の役(1281年)では神仏が力を結集させたことから、北西の風が突然起こって当時世界最大規模の艦隊であった約4000の蒙古の軍船が漂没したというのです。 これを神風による勝利として、法楽社は1293年、内宮の別宮に列せられ、今日の風日祈宮になったのです。 ![]() 伊勢神宮の風日祈宮が「神風」を吹かせたとする伝説は『太平記』を通じて全国に広まりました。(上の図は「太平記絵詞 自太元攻日本事」より) 風日祈宮は、内宮神楽殿前から南へ向かう参道にある風日祈宮橋で五十鈴川支流の島路川を渡った先の右手に鎮座しています。 ![]() 風日祈宮の社殿は内宮に準じ内削ぎの千木と、6本で偶数の鰹木を持つ萱葺の神明造で南面しています。 ![]() 遷宮のための古殿地も隣接してあります。 元寇は神仏習合の思想にも大きな変化をもたらしたようですが、ここから「神風」、「神国思想」が生まれ、後世にも大きな影響を与えたと考えると、複雑な気持ちでの参詣になりました。
by seitar0
| 2019-10-17 21:45
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