村上春樹「最高に美味しいサンドイッチ」のデリカテッセンへ

　神戸のトアロード・デリカテッセンは谷崎潤一郎や田辺聖子さんらが御用達のお店ですが、そこのスモーク・サーモン・サンドイッチは、村上春樹の『ダンス・ダンス・ダンス』に登場するので、有名です。

フリーライターの僕に13歳の美少女ユキから電話がかかってきた場面です。

＜「今何してるの？」と彼女は言った。「そろそろ昼飯を作ろうかなと思ってたんだ。ぱりっとした調教済みのレタスとスモーク・サーモンと剃刀の刃のように薄く切って氷水でさらした玉葱とホースラディッシュ・マスタードを使ってサンドイッチを作る。紀ノ国屋のバター・フレンチがスモーク・サーモン・サンドイッチにはよくあうんだ。うまくいくと神戸のデリカテッセン・サンドイッチ・スタンドのスモーク・サーモン・サンドイッチに近い味になる。うまくいかないこともある。しかし目標があり、試行錯誤があって物事は初めて成し遂げられる」「馬鹿みたい」＞

ここに登場するサンドイッチのレシピそのまま作った写真が『村上レシピ』に掲載されていました。

『村上さんのところ』では、村上春樹が2015年2月2日の読者からのサンドイッチの質問に、デリカテッセンのサンドイッチが、「最高に美味しいサンドイッチ」と答えているのです。

＜「僕にとってのサンドイッチの原点は、神戸のトアロードにある『デリカテッセン』のサンドイッチです。スモークサーモンかローストビーフの二種類しかなくて、カウンターで食べるんですが、これがほんとうにおいしかった。パンから、マスタードから、野菜から、みんなおいしいんです。高校生のときからこれにはまっていました。生意気な高校生だったんです。いまでもあるのかなあ。懐かしいです。これを凌駕するサンドイッチにはまだお目にかかれていません。＞

　村上春樹が神戸高校に通っていた時代ですから、もう半世紀も前の記憶です。

その頃はカウンターしかなかったようですが、現在は2階にサンドウィッチ・ルームと名付けられたティールームがあり、ランチも楽しめます。

　早速お昼に訪ねて、ミックスサンドイッチのセットを頼みました。評判にたがわず、本当に美味しいサンドイッチです。

　でも味わっていると、『ダンス・ダンス・ダンス』に登場する村上レシピとは少し違うことに気づきます。「紀ノ国屋のバター・フレンチ」とよくあうと語っているのですが、デリカテッセンのパンはイギリスパンが使われています。（元はセントラル・ベーカリーのものだったそうですが、現在はイスズ・ベーカリー）

　イギリスパンはサンドイッチ用に薄切りにされ、耳まで美味しい味わいのあるパンでした。

　そして、もうひとつの違いは、「ぱりっとしたレタスや剃刀の刃のように薄く切った玉葱」は挟まっていない、シンプルなサンドイッチだったこと。

でもそれだけで、パンとサーモンのそれぞれの美味しさを楽しめる、最高のサンドイッチでした。