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大正5年、高浜虚子は取材のために開業して7年目の奈良ホテルに宿泊し、国民新聞にその体験を連載しました。虚子にとって初めてのホテルの宿泊で、珍しい水洗便所や、旅館とは違うシステムに戸惑ったことなどを、こと細やかに述べています。 ![]() 今回は連載4回目の食堂の記述について紹介します。 <間もなくボーイは再び扉をノックして食堂の開かれたことを知らせて来た。着物は着替えなくてもいいのかと訊いたら、其の上に羽織袴さえお着けくださればいいとのことでその言葉のままにどてらの上に羽織袴をつけてボーイに導かれて階下の突きあたりにある大食堂に這入っていった。> 当時はホテルにもどてらのサービスがあったようです。 ![]() <この食堂の給仕人が白い服を着たボーイでなくてあぶらやさんを掛けた、背の低い、日本服を着た給仕女であったことは大いに私の心を落ち着かせた。> 昭和10年ごろの写真がありました。 ![]() 「あぶらやさん」という言葉は初めて知りましたが、胸当て付き前垂れのことで、日本大百科全書の解説によると、「胸から覆った前掛けで、両脇(わき)に半幅の布を縫い足してある。江戸中期の酒屋、油屋などの小僧たちが専用したので「油屋さん」といわれた」そうです。 <メニュウを持って来たけれども読めぬ字ばかりであったので私は見はからってくれと頼んだ。女給仕は心安く承知して直ぐ隣の食卓でつつましやかに食事をしつつある一人の西洋人の食うものと同じものを順々に運んでくれた。余り御馳走が沢山あったので私はその中ばをも平らげることが出来なかった。> ![]() 大正初期のメニューカードが展示されていましたが、英語のみ。昭和のメニューは英語と日本語で書かれていました。 <ただその隣の西洋人が葡萄酒の盃をあげながらチビリチビリと飲んでいるのに対して私は正宗の二合瓶を平らげ乍ら此の食堂内の光景を見渡してみた。> <卓子の上には一つづつ美しい造り花がある上に電燈が悉くあおれは西洋にない日本独特の感じを彼の地の人々には与えるのであろうと思われた。> ![]() 見事な格天井と和風シャンデリア。春日燈籠を模したのでしょうか。 ![]() ロビーの吹き抜けにあるシャンデリアは、オードリー・ヘップバーンもお気に入りだったそうです。 ![]() 食後廊下伝いにある喫煙室や読書室には西洋人の男女の群のあるのを瞥見したが、私は其の中に這入って行く勇気がなかったので自分の部屋に帰った。> 当時の喫煙室や読書室というのは、現在ロビーとして使われ、アインシュタインが弾いたというピアノが飾られている部屋かもしれません。 このように高浜虚子にとって戸惑ったことが多かった宿泊でしたが、連載第5回では初めて体験したホテルライフについて次のように述べています。 <二三の友人に、「西洋人ばかりの居るホテルに、何の心得もない気おくれ勝ちの蛮カラが一人泊ったことは滑稽だ」と認めてやったが、然しながら内心では、日本の宿屋よりも多くの点において発達しているホテルというものを賛美しながら自分の服装や、皮鞄の貧弱なことに頓着することなく、今後少なくとも奈良へ来たならば私は必ず此の奈良ホテルに泊まることとしようなどと考えて見たりなどしていた。> 内心、奈良ホテルは大そう気に入ったようです。 その後、ホテルと日本旅館が競合して、日本人も外国人んも宿泊しやすく、それぞれの特徴を生かしたシステムに改善されてきたと思います。
by seitar0
| 2019-09-01 13:12
| 奈良
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