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戦後になって、須賀敦子さんは、1948年5月、19歳で新設された聖心女子大学外国語学部英語・英文科2年に編入されます。同期の第一期生には緒方貞子さんや渡辺和子さんら錚々たるメンバー。その授業はカマボコ兵舎で始まります。 『遠い朝の本たち』「しげちゃんの昇天」からです。 <もと宮家から購入したという広大な渋谷のキャンパスではじまったあたらしい大学の授業は、どっしりした武家門と、進駐軍から譲り受けたカマボコ兵舎の教育というちぐはぐな環境で始められた。一年休学してしげちゃんはその大学に帰ってきた。私たちは一年違いになったが、ふたりとも寄宿生だったので、またよく本の話をするようになった。> 聖心女子大のキャンパスはもとの久邇宮邸で、昭和天皇皇后が幼少を過ごした地です。 ![]() 授業が始まった当時のカマボコ兵舎(Quonset hut)の写真がありました。 松山巌『須賀敦子の方へ』によると、寄宿舎もこのカマボコ兵舎が使われていたそうです。 <教室だけでなく、須賀の寝泊りした寄宿舎も、同じくカマボコ兵舎で、真ん中を廊下にし、左右に五室ずつ板やカーテンで区切った。各部屋はベッドを三つ入れれば一杯だったらしい。天井が高いせいだろう、冬はコップの水が凍り、梅雨時には蒸し風呂状態になった。> そのような環境でも、当時の日本人は皆我慢して暮らしていました。 この進駐軍から譲り受けたというカマボコ兵舎、1945年8月末からの連合軍進駐にともない、かなりの数が日本でも使われていたようです。 先日の大手前大学のメディア・芸術学部玉田准教授による公開講座「占領下の接収住宅・接収施設」でも説明がありました。 ![]() 写真は1950年代の代々木にあった、アメリカの街と見紛う占領軍家族住宅のワシントンハイツ。 ![]() 米国公文書所蔵の写真では現在の最高裁判所あたりにあったパレスハイツにはかまぼこ兵舎(Quonset hut)が相当建てられていたようです。それを払い下げてもらったのでしょうか。 しかし、カマボコ兵舎に代わって竹腰健造氏の設計により、1950年に1号館の建設が始まり、3階建で竣工。須賀さんの在学中に完成したようです。 ![]() この写真にはコの字型の1号館とカマボコ兵舎が写っています。 ![]() その後、北棟、4階部分の増築を経て、コノ字形だった1号館は1952年に現在のロの字形に完成したそうです。
by seitar0
| 2019-08-28 10:50
| 須賀敦子
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