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高浜虚子が大正5年の国民新聞に「奈良ホテル」と題して9回にわたって連載した記事が、奈良ホテルの廊下に展示されていました。その記事の中で、特に赤囲いされていたのが、当時珍しかった水洗便器の記述。 ![]() 大正時代はボーイが部屋の風呂の湯張りまでしていたようで、ボーイが「お風呂ができました」と虚子に伝えます。 <其の湯殿というのは八畳敷きばかりの広さで、瀬戸物の湯殿があって、捩金を捻れば湯と水とが惜しげもなく出る仕掛けになっていて、既に五六分目の湯がたたえてある。その片隅には同じく白い瀬戸物の便所があって、その便所の底には岩間にたたえられている水のような美しい清水が顔を見せている。其の上に小便をするのは勿体ないような気持ちがせぬでもなかったが、兎も角も試みて見る。> ![]() ところで、創業110周年を迎えた奈良ホテルが昨年度発売90周年を迎えた牛乳石鹸「カウブランド赤箱」とコラボして制作した「110周年記念・限定コラボパッケージ赤箱(非売品)」が部屋に置かれていました。 赤箱のイメージはそのままに、表面の『牛』イラストが、奈良を象徴する『鹿』に変更されています。 虚子はお風呂で牛乳石鹸を使ったのでしょうか。 水洗便器よほど珍しかったのでしょう。用を足した後、紐を引く場面も詳しく書かれています。 <見ると頭上に一つの箱があって、其の箱の中から金具の腕が出て居って、其の腕の先に紐がぶら下がっている。これを引けばいいのであろうと思って、其の紐を引くと激しい音がして忽ち水は真鍮の管を伝うて、其の便器の中にほとばしり出る、と同時にいろいろ仕掛けがあって、其のほとばしり出た水も便器から外に溢れ出る憂いのないように或る分量以上の水圧が加わって来ると其の便器の底にある弁を押し開く仕掛けになっているのであろう、泡立っていた汚い水は忽ちそこから押し流されてしまって、又もとの如く便器の底には無色透明の清水がたたえられている。> 虚子はその装置の不思議さにしばらく眺めていたと述べています。 ここで、水洗便所で紐を引く場面から思い出したのが、佐藤愛子さんの『九十歳 何が めでたい』のお話。 ![]() 佐藤愛子さんは水洗のボタンの変化について、90年の記憶を頼りに、初めの頃は天井に水槽があり、そこから垂れている鎖を引っ張るタイプ。次は足でペダルを踏むハンドル式。次はボタンを押すもの。次は手をかざすと流れる手品式。最近は立ち上がると勝手に流れるものと述べておられます。さすが佐藤家は昭和の初めから水洗便所だったのかもしれません。 ![]() 水洗トイレの歴史については前田裕子『水洗トイレの産業史』に詳しいのですが、特筆すべきは須賀敦子さんの祖父、須賀豊治郎が大阪に開業した須賀商会(現須賀工業株式会社)がそのパイオニアであったこと。 1902(明治35)年には洋風水洗式大便器の輸入を開始しています。更に、輸入した水洗式便器は欧米人向けの設備として需要があっても、日本人には習慣から腰掛け式になじめないため、英米からの輸入品にさまざまな工夫を加えて日本初の和風水洗式便器を考案制作しています。 ![]() ボイラーまであってお湯が出る仕組み。 トイレは水洗式で、その汚水を処理するしくみまで考えているのです。 高浜虚子の初水洗トイレ体験記から、話が広がってしまいました。
by seitar0
| 2019-08-27 13:41
| 奈良
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