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その中で、私の最も印象に残った手紙は、おすまさんに宛てた1979年4月11日の手紙。 有栖川宮公園や中央都立図書館について触れられています。 その内容が、『遠い朝の本たち』に収められたエッセイ「クレールという女」につながっているのです。 1979年4月の手紙からです。 <一週間まえくらいに有栖川宮公園というコーエンの中にある都立中央図書館で仕事をすることを覚えました。このコーエンは麻布と渋谷の境にあって、私は子供のときその近くに住んでいて、私はしょっちゅう弟を連れてあそびに行っていたところです。もとの有栖川宮という明治天皇のムスコか兄弟か人の邸が、その人が死んだあと、あとつぎがいなかったので東京市に寄付したので公園になったという場所で池があったりけやきの古い木などがわりあいにうっそうと茂っていい庭です。今でもその中を通ると4つか五つだったころの弟の足音や笑い声が草の茂みからきこえてきそうな気がします。> http://nishinomiya.areablog.jp/blog/1000061501/p11117271c.html 手紙で述べられている有栖川公園の様子や、弟の新さんを想い出す話は、エッセイ「クレールという女」では次のように書かれいます。 以前私が「クレールという女」を読みながら有栖川宮公園を訪ねた時の写真です。 (有栖川宮熾仁(たるひと)親王騎馬像) <ケヤキの暗い木陰に、うすい、これ以上うすくなったら消えてしまいそうな空色のアジサイが、ひょろひょろと伸びた茎の先に水滴のついた花をつけて揺れる小道を、足をすべらせないように気をつけながら上がっていく。子供のときに覚えたものは概してそういうものだけれど、足のほうが、あたまよりよく知っている道だ。山グミの濃い緑の茂みから、数年まえ病気で死んだ弟が、半ズボンをはいた子供のときのかっこうのまま、けらけら笑いながら出て来そうな気がする。びっくりした?と目じりをさげて。小さいころ、私たちはこの公園のすぐ近くに住んでいたので、ひまさえあれば、ここに来て遊んだ。> ![]() 渓流まである有栖川宮公園は、須賀さんの子供時代に弟の新さんと遊んだ思い出につながっていました。
by seitar0
| 2019-08-22 22:57
| 須賀敦子
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