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奈良ホテルには大正から昭和にかけて当時の鉄道省が購入した数多くの美術品が館内に飾られており、「奈良ホテル館内 美術品&調度品めぐり」というパンフレットまであります。 ![]() そこには作品の飾られている場所と、それぞれの作品の解説が書かれています。 たとえば、玄関を入ると右手に上松松園の「花嫁」が飾られています。 ![]() この絵は戦前、鉄道省の国際観光局が外国人観光局を誘致するため制作したポスターの原画です。 富田昭次『ホテル博物誌』にその購入の逸話が書かれていました。 ![]() 耐震工事中のため私が楽しみにしていた吉田初三郎の「奈良ホテル鳥観図」は見ることができませんでしたが、志賀直哉の短編『淋しき生涯』に登場する洋画家小宮山八山の「高円山」は辛うじて見ることができました。 『淋しき生涯』は小説であり、小見寺八山(こみでらはっさん)は大宮蜂山(おおみやほうざん)という名前に変えられて登場し、志賀直哉自身も阿野という名前に変わっています。 <此話に「淋しき生涯」という題をつけたが、これが当たっているか、どうか分からない。私はそう解しているが、洋画家大宮蜂山君の全生涯を知っているわけではないので、幾らか拘泥する。然し、私の知っている、晩年十年間の大宮君の生涯は確かに淋しいものであった。> 小説の形をとっていますが、奈良に住んでいた頃の志賀直哉と小見寺八山の交流がそのまま綴られています。 <大宮君の絵はいつもそうだが、描いている場所が実際よりも十倍位広くなる。今日見た絵でも、所々に馬酔木の生えた四五十坪の場所が、絵では馬酔木が小さい森になり、全体は千坪程の原に変わっている。私にはこういう事がわからなかった。> 志賀直哉は小見寺八山の絵がそれほど評価していなかったような書き方です。 <こう書いてみると、私が知っている晩年の十年間はある意味では大宮君の生涯で、一番華やかな時代だった。然し、これは何と云っていいものか。私の受けた感じだけで云えば矢張り淋しいものであった。 此春、私は奈良ホテルで、久しぶりに大宮君の絵を見た。「高円山(たかまどやま)」という題の百号程の絵だった。例の如く、実際の高円山とは似つかぬ山に変わっていたが、大宮君として、悪くないほうの絵だった。大宮君が画室で此絵を描いているのを見に行った事を憶い出した。然し、此絵はホテルの余り客の行かない廊下の端にかけてあるばかりでなく、私が見た時には真前に大きな棕櫚竹の鉢が台にのせて、画面とすれすれに置いてあった。> ![]() さて現在の小見寺八山の「高円山」は、配置図の⑩の位置、すなわち玄関ホール吹き抜けになった2階にあります。決して「ホテルの余り客の行かない廊下の端」ではなく、大切に飾られています。 私が訪ねた時は丁度、玄関ホールから2階に上がる大階段の部分が耐震工事中で、近づくことはできませんでしたが、ホールから見上げて見ることができました。 ![]() 高円山は春日山の南東にあり、春日野からよく見える山です。小見寺八山の絵はどのあたりから見た高円山でしょう。
by seitar0
| 2019-08-04 12:30
| 奈良
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