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和辻哲郎は大正7年の5月に二三の友人とともに奈良付近の古寺を見物した時の印象記を『古寺巡礼』にまとめました。 ![]() 宿泊したのは奈良ホテルで、堀辰雄が23年後に宿泊したときと同じく、荒池に面し、若草山が見える部屋だったようです。 <奈良についた時はもう薄暗かった。この室に落ち着いて、浅茅ヶ原の向ふに見える若草山一帯の新緑(と云ってももう遅いが)を窓から眺めていると、いかにも京都とは違った気分が迫ってくる。奈良の方がパアッとして、大っぴらである。> ここで浅茅が原とは、春日大社の参道を進んでいくと、右手に現れる芝生の園地です。 ![]() 上の地図の黄線で囲んだ所が浅茅が原、その向こうに若草山があります。 奈良ホテルは荒池の畔のオレンジ色のところ。 今回宿泊した二階の部屋からの景色です。下に荒池が見え、向こうには若草山が良く見えました。樹が茂って浅茅が原は見えませんが、大正時代はこれほど樹木が大きくなかったようです。 当時は奈良ホテルの宿泊客は圧倒的に外国人の方が多かったようで、食堂の様子が次のように描かれています。 <食堂では、南の端のストオヴの前に、一人の美人がつれなしで坐っていた。黒味がかった髪がゆったりと巻き上がりながら、白い額を左右から眉の上まで隠していた。目はスペイン人らしく大きく、頬は赤かった。襟の低い薄い白衣をつけて、丸い腕はほとんどむき出しだった。またすぐ近くの卓子には、顔色の蒼い、黒い髪を長く垂れた、フランス人らしい大男の家族が座をとった。その男のビッコのひき方が、どうやら戦争で負傷したものらしく思えた。四つ七つぐらいの子供にはシナ人の乳母がはだしでついていた。妻君はまだ若くてきれいだったが、もう一人のきゃしゃな体をしたおとなしそうな娘の、いかにも清らかなきれいさにはかなわなかった。> 今回宿泊した時は、あまり外国人客は見かけませんでしたが、とりあえず奈良ホテルのビアグラスで乾杯。 荒池の向こう側に高級料亭の「菊水桜」が見えます。 <食後T君と共にヴェランダへ出て、外を眺めた。池の向うの旅館の二階では、乱酔した大勢の男が芸妓を交へてさわいでいる。興福寺の塔の黒い影と絃歌にゆらめく燈の影とが、同じ池の面に映って若葉の間から見えるのも、面白くはなかった。われわれはそれを見下すような気持になって、静かに雑談に耽った。> ![]() ここに登場する「菊水楼」は、奈良ホテルが創業する18年前の明治24年に興福寺興善院跡に迎賓館として造られ、奈良の官僚や経済人、趣味人などが馴染にした格式ある料亭旅館。(現在は料亭のみ) ![]() 旧本館・本館・表門・庭門は国の登録有形文化財となっており、内部も見ごたえがあるようですが、今回は断念。
by seitar0
| 2019-08-02 11:25
| 奈良
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