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文芸別冊『須賀敦子ふたたび』に収められた柿原寛「夙川から歩きはじめた想い出」に、柿原さんが大石輝一が描いた夙川教会を絵葉書にしたものを須賀さんに送り、 ![]() 「ふだん、私の場合、とくに考えていないつもりの夙川が、自分の中の大切な部分に巣喰っていたのをいまさらのように感じました。なにか、なにか、あの辺のことを文章にできたらと思います。地震でなくなってしまったあの辺のことです」と書き送られたと記されています。 また、柿原さんと一緒に食事された時のお話があり、<阪神間にたしかにあった“文化”を私なりに書けると思う、その時にはお願いね、といったお話をうかがいました。その後それを始めるお手伝いが、行き届かない私には、かないませんでした。>と述べられているのです。 ![]() 同じ『須賀敦子ふたたび』の「編集者からみた須賀敦子の素顔」で木村由美子さん(河出書房新社)は次のようなお話をされています。須賀さんは1998年3月に亡くなられましたが、その年のことでしょうか。 <須賀さんの具合が本当に悪くなって、お話していてもときどき意識が遠のかれていくようになったころ、一月か二月だったでしょうか、関西出張でたまたま須賀さんのご実家の近くに行くことになりそのようにお伝えしたら、家の写真を撮ってきてと言われたんです。ご実家の話も書きたいからって。それで写真を撮って病院に持っていったら、「夙川のこと、書かなきゃね、わたし、死んでる場合じゃないわよね」って。> ![]() 小学生の須賀さんは雲井橋からの阪急線沿いのこの道を、小林に通っていた頃歩かれていたのでしょう。 ![]() この松も、きっと須賀さんが翠ヶ丘から夙川に移られた頃からのものだと思います。 ![]() ご実家の廻りの家も震災後ほとんど建て替わり、あたりの景色も大きく変わりました。 ![]() 田畑や池はなくなり、住宅の向こうに見えるのが、子供の頃つつじが咲き、よく遊ばれた稲荷山です。
by seitar0
| 2019-07-21 13:04
| 須賀敦子
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