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パール・バックの“The Big Wave”は、日本を舞台に、突然村を襲った大津波によって、家も、家族も奪われ、独りぼっちになってしまった少年をとおして、大自然と共に生きる人々の生と死、そして愛を描いた物語で、1948年に刊行され、米国児童文学賞を受賞しています。その後、1960年に映画化されました。 ![]() <ところが、ある日のこと計らずも、私の『津波』という作品の映画化の仕事は私にとって新しいものであり、したがってちょっと興奮をさそうものだった。私も若者特有の保守性とか警戒心とかいったものからはもうとっくに卒業している。冒険好みの年齢に達していたし、『津波』は冒険的な作品なのである。そこには僻地の漁村とか、津波とか、火山とかが出てくるのだが、私はもう何十年もの間、そういうものを見ていないし、それをもう一度見てみたいという願いがあった。そこですべての問題が解決した。行く先は日本であり、時期は今であった。> おそらくこの今とは1960年、パール・バックが68歳になった時のことだと思われます。 写真は長崎県雲仙市小浜温泉の旅館春陽観のホームページに撮影のため来日したパールバックの姿が掲載されていました。 パール・バックは1927年の南京事件の際に、島原のはずれの村に疎開していました。 <かつて、私が日本の九州の島で一年ほど過ごしたとき、岬の南端の、小さな、美しい漁村によく出かけて行ったことがある。十二、三の石づくりの小屋が、石の防波堤の後ろにかたまっていた。どの家にもドアや窓がなく、みんな海に向かって建てられていた。これはけっして、漁民が海を愛していないからではないのである。いや、それどころか、かれらは海を愛していたのだった。何代にも渡って、かれらの祖先がそのすぐそばに住みついてきたからである。だが、先祖代々海底の地震によって起こる津波の恐ろしさを身にしみて知らされてきたのだ。火山と海が一緒になって死を呼ぶのである。> ![]() <私もよく晴れた九月のある日、その状態を目撃した。深い井戸の水が二、三日、濁りっぱなしだった、と漁師たちが教えてくれた。それが津波の前触れだった。その井戸は海辺に掘られたもので、海からほんの数フィートしか離れていない岩だなのふもとにあり、水はいつもすんでおいしかった。> ここでは、日本滞在中に津波を目撃したように書かれていますが、過去の津波を調べてみると、1927年から1929年の間に島原を襲った津波はありません。 しかし、パール・バックが滞在する5年前の1922年12月8日、1時50分(M6.9)と11時2分(M6.5)と10時間たらずの間に相次いで地震が発生し、死者26名、負傷者39名、家屋の全壊などの被害が生じています。 ![]() 更に、島原半島周辺では、1792年5月21日にM6.4の地震が発生して眉山の一部が崩壊し、有明海沿岸に最大約9mという津波被害が生じ、死者は15,000名、家屋流失5,000以上を数えたそうです。 パール・バックはこれらの地震、津波災害をもとに、“The Big Wave”を執筆したのではないでしょうか。
by seitar0
| 2019-07-13 21:41
| パール・バック
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