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甲山の頂上の広場には、昭和31年に西宮市連合婦人会により建立された、平和の塔があります。 ![]() ノーベル賞作家のパール・S・バックは、生後3ヶ月で宣教師の両親と中国にわたり18歳でアメリカの大学に入学しますが、卒業後はまた中国に戻り、1934年まで中国で暮らしました。 戦前、戦後を通じてパール・バックは何度も来日しており、1927年には南京事件に遭遇した時は、日本の雲仙に疎開し、2、3年そこで暮らしました。 そして、パール・バックは戦前、戦後の日本人の姿について、『私の見た日本人』に詳しく解説しています。特に、戦前のアメリカ人から見た日本人は、興味深いところが多く、少し紹介させていただきます。 ![]() 第一章「はじめに」では両親にとって日本が理想の国であり続けたと述べています。 更に、 <ですから、成長した私はどうしても私なりに日本を知りたかったのです。子供時代に、太平洋を行き来する途中に立ち寄る日本は、私にとっても夢のような国でした。美しい風景、洗練された建築、着飾った人々、つねに微笑み、いつも礼儀正しく、必ず子供にあげるものを持っていることなど、おとぎ話のようでした。日本への立ち寄りを楽しみにしていたものです。> 夢のような国とまで褒められると、お尻がむずむずしてきます。当時パール・バックが見た美しい風景や、洗練された建物は、戦後の高度成長時代に次々と失われていったように思われますが、礼儀正しさなどは、今でもワールドカップの試合後のサポーターによるゴミ拾いや、災害時の日本人の行動など、世界の注目を集め、まだ残っているのは嬉しいことです。 ![]() 「必ず子供にあげるものを持っている」を現在も引き継いでいるのは、大阪のおばちゃんの飴玉でしょうか。 <月日は流れ、南京が共産軍に攻撃されたとき南京に住んでいた私は、直感的に家族ともども日本へ避難しました。その時、私は、両親が言っていたとおり、「日本へ行きましょう」と一家四人で日本へ移り住みました。温泉地雲仙に近い長崎県の山村の小さな民家を借りました。中国で危険がなくなるまでそこで暮らしました。-ほんの二、三年でしたが、歴史は変転し、中国では共産主義者が勝利しました。> この滞在時の体験をもとに書かれた児童文学が『大津波』で、当時の日本人の自然と向き合う心がよく理解できます。(現在の日本人は随分変わりましたが) <中国の我が家に帰るまでの、日本で暮らした数年の間に、私はできる限り深く日本の人びとの考え方を知ろうとしました。とにかく私は日本の人びとが好きなのです。> これほどまでに日本を愛したパール・バックの日本観の紹介をしばらく続けます。
![]()
by seitar0
| 2021-11-28 10:25
| パール・バック
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Comments(16)
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
市役所の対応は残念です。私の記事の最後に本文の一部を撮影した写真を追加しましたので、ご覧ください。残念ながら本文全体を撮影した写真はありませんでした。10年近く前に撮影したもので、多分笹の葉の蔭になっていたのだと思います。平和の碑は柵で囲われていますので、柵を乗り越えて入っていただかねばなりませんが、近づけば全文読めると思います。ただわざわざ東京から来られる価値があるかと尋ねられると?です。暇を見つけて、甲山に行って全文撮影して、お送りすることは可能です。twitterをお使いならseitaro@seitaro4を検索し、フォローしていただくと、ダイレクトメールができますので、そこで詳細連絡できればと思います。
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ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
佐川陽子さまの論文拝読いたしました。貴重な研究、来年の書籍発刊も楽しみにいたしております。
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
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> 佐川陽子さん
The Big Waveで初めて、パールバックと日本の関係を知りました。まだまだ興味はつきず、インターネットラジオ、トライしてみます。お知らせいただきありがとうございます。 ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
本当によかったです。佐川様により、日本で再びパール・バックに陽が当たり、注目されることを望んでおります。御研究の成果を出版されるときは、是非お知らせください。
さきほど、喫茶店ムジカの記事に割り込むようなコメントを非公開でお送りし、たいへん失礼しました。その後、こちらのページを確認したところ当方からの送信確認コメントが見つかりませんでした。「成功しました」というコメントが表示されたのですが、当方の確認ミスによりご迷惑をおかけしました。ツイッターのメッセージはログアウトとの表示により、とん挫しております。
ありがとうございます。
ご配慮いただき感謝申し上げます。
ご返信下さりありがとうございます。それでは「西宮平和塔」の表題で「阪急・阪神沿線文学散歩」https://seitar0.exblog.jpと表記させていただきます。発刊の折には、必ず連絡させていただきます。
seitar0.exblog.jp様
お陰様で、今月25日に書籍発刊の運びとなりましたので、ご報告します。 パール・バックと日本|国書刊行会 (kokusho.co.jp) どうぞよろしくお願い致します。
佐川様
機会があれば是非芦屋でご講演をお願いします。
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