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須賀敦子「オリエント・エクスプレス」から続けます。 エジンバラを訪れた約10年後の1970年(昭和45年)のことです。須賀さんは既にペッピーノと結婚しミラノに住んでいました。「父上からのおことづけですが」と父の会社の人と名のる会ったことのない人物から電話がミラノの家にかかってきます。その時豊治郎氏は二年前に手術を受けた癌が再発して、もう手のほどこしようのないところまで来ていました。 <近々お見舞いに日本に帰られるとのことで、お父様はたいへんおよろこびです」知らない人の声はいった。「それで、おみやげを持って帰ってほしいとおっしゃって、お電話するようお頼まれしたのですが」 私が父の容態をたずねると、電話の声はそれには答えないで、みじかい沈黙のあとこういった。「一日もはやくお帰りください」> それまで日本に帰るたびに須賀さんが一生懸命みつくろったおみやげをご家族に渡しても、父上だけはつまらなそうな顔をして、みやげなんか持って帰るな、と叱ったそうです。 <その父が、こんどはおみやげを持って帰れというだけでなく、それを電話でことづけまでさせたりする。しかも、父がほしいというのが、まったく意表をついた品物だった。かつて自分がそれに乗って旅をした、ワゴン・リ社の客車の模型と、オリエント・エクスプレスのコーヒー・カップが欲しいのだという。そんなものを、どこで売っているのだろう。> 須賀さんの父豊治郎氏は、外遊のみやげに息子のためにメルクリン社の鉄道模型を買ってかえったそうで、当時の思い出が書かれていました。 ![]() <生涯でたった一度になった外遊のみやげに、父がまだ幼かった息子のために買ってきたのは、ドイツのメルクリン社の美しい蒸気機関車一式だった。外に出て遊ぶことの少なかった弟は、学校にあがるようになると、アルス社の児童文庫を積み上げてトンネルを作り、………座敷いっぱいに敷いたレールに、屋根がこっぽりと片側に開いて内部の座席がひとつひとつ見える色とりどりの客車をつけた、緑と赤と金の重たい蒸気機関車を走らせるのに夢中になって、父を喜ばせた。そのなかには、ワゴン・リ社の、蒼と金色の車体の寝台車もまじっていて、父はなつかしそうにこれで編成した国際列車の話を、なにもわからないで、ぼんやりしている私たちに話して聞かせた。> 何気なく書かれているトンネルになったアルスの児童文庫も大したものでした。 ![]() 調べると「日本児童文庫」は、昭和2年から昭和5年、アルス社が出版した76巻で予約販売のみだったとのこと。アルス社とは、北原白秋の弟・鉄雄がおこした出版社で、。挿絵は、武井武雄、竹久夢二、初山磁、岡本帰一ほか。著者・編者には、小川未明、北原白秋、坪内逍遙、鈴木三重吉、島崎藤村ほかでした。各巻とも表紙絵が異なっていて、恩地孝四郎が全巻の表紙絵、装丁を手がけた美しいものでした。 ![]() その思い出のオリエント・エクスプレスの模型は都心の玩具店ですぐ見つかりますが、コーヒー・カップを手にいれる方法がわからず、「ミラノであちこち駆け回って探すより、じかに列車まで行ったほうが手っ取り早くないか」と友人に提案され、時刻表を調べ、パリ発イスタンブール行きの国際列車が入るミラノの中央駅に急ぎます。![]() ![]() 今回再び記事にするにあたり、オリエント・エクスプレスに乗ってみなければと出かけることにしました。いえヨーロッパではなく、箱根です。次回はクライマックスシーンの紹介の前に、オリエント・エクスプレスの歴史などについて紹介させていただきます。
by seitar0
| 2019-05-29 20:33
| 須賀敦子
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