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戦後高度経済成長時代を迎え、西宮市の住宅都市化が急速に進展します。その流れの中でギャンブル都市から脱却のため、新たな収入源として、辰馬夘一郎市長の任期が残り半年となった昭和33年に「甲山ロープウェイ建設計画」が持ち上がります。 西宮現代史第一巻Ⅱには次のように記されています。 <起債による1億2千万円の巨費を投じようとするこの計画は、退任する辰馬市長の「記念事業」の色彩を持ちつつも、新たな収入源を求めようとする西宮市の試行錯誤の現われであった。> ネットには、阪急甲陽園駅前から甲山頂上を結ぶ計画と書かれているものもありましたが、正しくは仁川の五ヶ池から甲山頂上を結ぶ計画でした。 事業の名称は 「西宮市営甲山架空索道(仮称)事業計画」 基本計画は、 「西宮市の発展策として西宮市仁川町六丁目五番地より甲山町三十一番地先国有地まで架空索道を敷設し乗客誘致により甲山一帯を観光地として開発することを図るとともに、市民の福祉の増進に寄与し併せて経済性を発揮するための企業経営を行うものとする」 としています。 昔は仁川ピクニックセンターには人があふれ、貸しボートも賑わっていた五ヶ池です。 今は周りを柵でかこまれた静かな池です この計画に対し、良識ある市民が「甲山を守る会」を立ち上げ、反対運動が高まります。 趣旨書には次のように書かれています。 <この文教地区の景観の中心をなす「甲山」にロープウェイをつけ、美しい大自然のもとなる文教地区を喧騒、俗悪なる遊覧地下の文教地区に変えてしまって、はたして文教都市西宮の面目が発揮できるでしょうか。(中略)私たちは低俗な時流に乗って、すべての自然をレクレーションと観光の観点からだけ考える市当局のやり方は非教育的非文化的であると思います。> この計画は市議会で承認されてしまうのですが、昭和34年4月に田島淳太郎市長に変わりご破算となります。 もし実行に移されていれば、環境・景観破壊のみならず、大きな不採算事業を抱えてしまっていたことでしょう。正しい判断がなされました。
by seitar0
| 2019-05-29 17:06
| 甲山
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