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「夏のおわり」から続けます。 昭和18年須賀さんは空襲の激しくなった東京を後にして、家族ともに西宮の実家に疎開しますが、その後まもなく今度は、岡本の伯母夫婦も伯父が定年となり、播州平野のはずれにある小野という小さな町にあった鬼藤家代々の武家屋敷に引っ込んでしまいます。 昭和20年戦争が激化すると、夙川の家の向かいの高塚山にも高射砲陣地ができ、西宮の旧市街が爆撃され夙川もあやうくなり、母と妹と弟が小野の伯父の屋敷に身を寄せます。 ![]() 須賀さんは、父と若い叔母と共に夙川に残り、月1回の休日に電車やバスを乗りついで、小野の母たちを訪ねます。 ![]() ![]() 神戸電鉄小野駅が開業したのは昭和26年ですが、JR加古川線の小野町駅は戦前からありました。須賀さんはどのような経路で訪ねられたのでしょう。 <私が鬼藤の伯父という人を意識のなかにとどめるようになったのは、自分が小野にいくようになってからだった。岡本のころは、私たちの訪ねるのが伯父のいない昼間だったから、会うことはほとんどなかった。伯父を知るようになって驚いたのは、以前、鬼藤の伯母らしいと思っていた彼女の動作や仕草の多くが、たとえば正座した時の姿勢やだまって笑いながら人の話しに耳を傾ける時の体の向き、はてはものを言うときの間の取り方までが、ほとんど伯父の敷き写しだった。>鬼藤の伯父様は、須賀さんの父も畏敬の念を持つ立派な方だったようで、エッセイにはその様子が描かれていました。 <ずっとあとになって私が大学生だったころ、父に鴎外の「ぢいさんばあさん」を読んだか、と訊かれたことがある。はい、読みました、とこたえながら私はふと小野の家の離れにいた鬼藤の伯父と伯母を思い出した。「ぢいさんばあさん」はのっぴきならない事情で別々に暮らさなければならなくなった夫婦が、老年になってやっといっしょになって、はた目にもうらやましいほど睦まじく暮らしたという、匂いたつような鴎外の佳品である。> ![]() 最初に老夫婦の様子が書かれており、これが確かに鬼藤夫妻を思い起こさせます。 <二人の生活はいかにも隠居らしい、気楽な生活である。爺さんは眼鏡を掛けて本を読む。細事で日記を附ける。毎日同じ時刻に刀剣に打粉を打って拭く。体を極めて木刀を振る。婆さんは例のまま事の真似をして、その隙には爺さんの傍に来て団扇であおぐ。> この短編はCDにもなっており、新作歌舞伎としても上演されている作品です。本当に鬼藤ご夫妻の暮らしぶりの真髄をあらわすような物語でした。 ![]() 「夏のおわり」は伯父さんが亡くなって、次のような静かな文章で結ばれていますが、明治生まれのご夫婦の姿がいつまでも心に残る作品でした。<伯母さんは、あの広い家にひとり残されて、どうしていいか、わからなくなったのよね。そう話を結んだ母は、戦争の末期、アメリカ軍が本土にも上陸するかも知れないという噂がひろまったとき手に入れた青酸カリを、伯母が大切にしまっていたのを憶えていた。>
by seitar0
| 2019-05-19 12:47
| 須賀敦子
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